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香港企画記事速報
2006年8月30日記


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曽健成・香港保釣行動委員会委員に聞く
中国当局が船舶差し押さえ
尖閣上陸は民間独自の愛国運動
馬英九氏の尖閣運動に期待感


 香港保釣行動委員会のメンバーで1996年10月、尖閣諸島に上陸した経験のある曽健成氏に尖閣諸島に関する見方や香港、中国の民主化について単独インタビューした。(聞き手=深川耕治、06年8月30日記)

曽健成・香港保釣行動委員会委員――香港保釣行動委員会は昨年の反日デモ以降、尖閣諸島(中国名=釣魚島)に行くための船を準備し、募金活動もかなり活発に行ってきた。八月十二日に尖閣諸島へ行くことを公表していたが、中止になった理由は何か。
 「去年の反日デモ以降、募金活動を積極的に行い、釣魚島へ航行するための船の購入準備を始めた。百七十万香港ドル(1香港ドル=15円)が募金で集まり、今年五月、一隻の船『保釣二号』を百三十六万香港ドルで購入することができた。修理費用に五十万香港ドルかかった。五月二十八日、広東省汕尾港に『保釣二号』を持ち込んで修理を開始し、八月初めには修理が完了して出航する準備が整った。しかし、中国当局が書類手続き上、出航する許可証を出さず、現在も船は汕尾港に留まったまま、当局と交渉中だ」

――中国当局から許可が下りないのは、単なる事務的な手続き上の問題なのか。
 「われわれが疑っているのは中国中央政府がこの船を差し押さえているのではないかとうことだ。このままでは汕尾港から船を出すことができない。近く、この件について当局との間ではっきりする見通しだ。もう一隻の船『釣魚島二号』は香港の港で修理し、停泊している」

――どうしても今年中に尖閣諸島に行きたい理由は何か。
 「一九九六年十月七日、香港保釣行動委員会は初めて釣魚島に上陸した。今年でちょうど十周年になり、同年九月、釣魚島に上陸しようとして阻止された陳毓祥氏が海上で溺死した。彼の無念の思いを鎮魂するためにも十周年にあたる今年中に必ず釣魚島上陸を果たす。小泉首相は何度も靖国神社に参拝し、今年は八月十五日に参拝したことはわれわれに対する重大な挑戦だ」

――中国が領有権で争っている島嶼(しょ)はほかにも多数あるが、なぜ、尖閣諸島にこれだけこだわって活動するのか。
 「実際は中国、台湾周辺の五百余の島々について領土問題が存在している。われわれ保釣行動委員会がそれらすべてに関与して行動を起こすことはしていない。釣魚島にこだわるのは、日本戦府が戦後、具体的な謝罪や賠償を中国に対して行っていないからだ。具体的に立法化してそれが行われるまでわれわれは釣魚島の領有権を主張し、堅持していく。ドイツはユダヤ人や被害者家族に対して立法化して謝罪、賠償をしている。ヨーロッパの場合と違い、日本は過去の戦争を美化する発言や行為が続いている。かわいそうなことに日本の次期首相候補の中にも靖国参拝をポリシーにしている人がいることだ。ここ数年来の日本の軍備拡張は再び戦争の道を歩むように映る。首相は日本国民の経済、社会生活の向上を第一に考えるべきではないか。」

――日中間の賠償問題についてはすでに両政府間で解決済みのはずだが、民間レベルで立法化の要求をするということか。
 「当時の政府間の取り決めで解決したように見せかけただけで、両政府が継続して問題を追及してこなかったにすぎない。決して民間人はこの問題を放棄したとは考えていない。中日友好は政府間の友好であるだけでなく民間での相互信頼、相互理解が重要。あなた自身もそうだろうが、日本国民が常に他の国からいろいろ言われるのは望んでいないだろう」

中国広東省汕尾港に停泊中の保釣2号=香港保釣行動委員会のウェブサイトより
――尖閣列島が中国領である根拠は何か。香港保釣行動委員会はウェブサイト上で尖閣諸島の領有権を中国側が主張し始めたのは一九七〇年代初期、台湾省の留学生が米国で形成したのが始まりとしている。一九七一年六月十七日、日米間で沖縄返還協定が調印され、尖閣諸島など八つの島嶼が琉球諸島の一部として日本の領土に組み込まれたことに抗議したことがきっかけとしているが、それが要因か。
 「戦前、釣魚島は台湾の宜蘭周辺の漁民が必要に応じて避難するような場所であったことは間違いない。戦後、米国の保護下で日本は再興したが、朝鮮戦争がなければ日本は現在のような形にならなかったのではないか。日本も韓国も結果的に米国の言いなりになる政府になってしまった。世界の警察と化した米国が北朝鮮、中国など共産主義国家を監視している状況が続いている。琉球(沖縄)が返還されることで日本は米国の言いなりになっている。これは米国が日本を利用して意図的に仕組んだ戦術だ。軍備拡張という日本の野心、台湾を利用して中国をけん制させようとする仕組みが続いている。それが結果的に釣魚島問題となる」

――尖閣諸島が元来、琉球の領土であるという見方はしないのか。
 「私の判断する見方では、文献資料に基づいて、過去から現在に至るまで釣魚島は中国領だ。どうしてわれわれが釣魚島にこだわるか、その理由の一つとして、日本政府が政治的責任を認める態度、行動に出ないことにある。あくまでわれわれは民間の活動として継続しているが、香港だけでなく世界中の華人が支持を得られる行動だと信じている。とくに日本政府への正式謝罪、賠償への支持はそうだ。中国経済はここ二十数年来、非常に急速な発展を続けている。いずれ中国にも民主の日が訪れるだろう。そうなれば人民が政府に対して具体的行動を起こせという主張が強まる。そうなれば政府は人民の主張を受け入れざるを得ないはずだ」

――中国政府の主張同様、台湾は中国の一部と見ているのか。
 「そうだ。両岸三地(中国大陸、香港、台湾)は一つの連なった地域であると考える。台湾は陳水扁政権だが、台湾住民がすべて陳水扁支持ではない。統一は簡単だ。中国大陸政府が民主的にオープンになっていけばいくほど、台湾住民もそれを支持していくはずだ。東西ドイツの統一も一夜にして可能になったように、南北朝鮮、中台も同一民族ですからそのような日が訪れるはずだ」

――尖閣諸島を日中で共同管理するという提案についてはどう考えるか。
 「トウ小平が考え出した提案だ。どのように島を開発していくかは、その時に話し合えばよい。しかし、釣魚島がどの国に属するか、その主権は中国だ。なぜ、そのような主張をするかというと、中国人が日本政府に対して不信があるからだ。一緒に共同開発しようという点については反対しない」

――昨年四月の反日デモ以来、香港でも約一万二千人が参加する反日デモがあり、保釣行動委員会には募金がかなり集まった。その他にも米国やカナダ、世界各国の華人からの募金がかなり集まってきているが、この現象は今までと違うと見ていいか。
 「これまでわれわれの活動は一定の支持を得られており、募金も集まっていた。昨年の反日デモでその支持が急に増えたり、募金が急増したとは思わない。香港だけでなく、オーストラリアやカナダなど世界各地で同じような募金活動を行っているので、決して香港だけ奮闘したり、総体的に急増しているわけではない」

――一九九六年七月、日本青年社が尖閣諸島に灯台を建設し、それに反発してあなた自身は同年十月七日、尖閣諸島に上陸、灯台を壊す活動をしたわけだが、今後も尖閣諸島に上陸すれば、そのような行為を繰り返すのか。
 「結果的に日本の建物をすべて取り壊すことはできなかったが、継続して行動を続けるつもりだ。今回計画している釣魚島行きの参加者の中には香港の学生代表も含まれている。周知の通り、台湾の馬英九台北市長(中国国民党主席)も釣魚島領有を主張する活動家だった」

――馬英九氏とは台湾で直接会って、協力関係を結んでいたのか。
 「そうだ。宜蘭(台湾東部)で釣魚島の領有権についての法律問題について話し合った。馬英九氏は米国留学時代から釣魚島問題については積極的に関わっていた。それとは別に天安門事件のキャンドル追悼大会についても、香港とは別に台湾で行っているのは彼らが主催しているものだ」

――馬英九氏が次の台湾総統になった場合、尖閣諸島問題は中国の領有権を主張する動きが加速すると考えるか。
 「もちろん、そのチャンスはあると思う。彼にも一貫したポリシーがあり、それは未来永劫に続くだろう。蒋経国、李登輝、陳水扁など過去の台湾指導者に比べ、積極的に釣魚島問題に取り組む人物だと信じている。この問題に関わる活動家に対して何らかの動きをするようになるだろう。そうでなければ、今も彼がこの問題に関わり続ける必要がない。馬英九氏が釣魚島方面に船を出航させるようなことがあれば、日本も面倒になるだろう。たとえば、われわれ香港の船だけでなく、中国の正式な艦船がわれわれを守る護衛艦として釣魚島まで航行するとすれば、日本の海上保安庁の船は実際のアクションを行うかどうか」

――中国大陸の保釣運動を行う団体とはどのような交流や協力関係にあるのか。購入した船をわざわざ広東省の港で修理する理由は何か。
 「修理費用が香港より安いからだ。あくまで香港から就航する予定なので、広東省の港で修理すれば香港への移動も含めて安いのだ。広東省汕尾港で補修している『保釣二号』はできるだけ早く香港にもどしたいが、もし、この船が汕尾港を出港できない場合、われわれは香港で補修している『釣魚島二号』一隻だけで釣魚島へ行く。一九九七年、九八年も一隻だけで航行しているので問題ない。航行する道はもう分かっている。わが家に帰るようなものだ」

――中国当局が尖閣諸島問題の活動家の動きを封じ込むために補修を完了した船を中国国内から出港させず、阻止する動きを見せるというリスクがあることを視野に入れなかったのか。
 「われわれのような愛国的な動きに対して中国政府が阻止する動きをするのはあり得ないことだと信じたい。日本の団体が釣魚島に行こうとする場合、日本の首相が阻止するようなことはしないだろう」

――現在、尖閣諸島の領有権を主張する中国、香港、台湾の活動家はどれぐらいいるか。
 「香港は約七十人。台湾、マカオ、米国、中国などあるが具体的に組織の主従関係はない。各地域で集会があれば、他地域から行って集まるし、連絡があればどこにでも出向く」

――香港の場合、親中派団体よりもむしろ、民主派、民主党関係者などが尖閣問題に熱心に活動しているのはなぜか。
 「香港では、右とか左とか関係なくこの問題に関わっている。ただし、親中派の人々は中央政府のやり方で活動しようとする。われわれは中央政府の指示に従う必要はないのであくまで独自で活動している。日本が重大な挑戦をしてきているので民間独自で対抗している」

――尖閣問題とは別に、天安門事件の再評価を求める活動や香港の完全普通選挙を実現推進する運動など、民主派の活動家は積極的に取り組んでいるが、これも官営ではなく、民間独自のやり方か。
 「いわば真理の問題。殺人は良いか悪いか。中央が決める問題ではなく、われわれはあくまで出航するのみだ」

――来年、香港のトップである行政長官選挙があるが、現状では対抗馬が出ない限り、曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官の再選が濃厚だ。二〇一二年の行政長官選挙では従来の間接選挙ではなく、直接選挙が可能になると思うか。
 「来年の選挙で曽蔭権行政長官が続投するとなれば、中国共産党が主導した結果だ。これはあくまで虚構の選挙に過ぎない。われわれ有権者が一人一票を投じることができてこそ真の民主選挙と言えるものだ。台湾の陳水扁総統や李登輝前総統をわれわれは認めていないが、少なくとも一般住民が一人一票で投票されて民主的に選ばれた指導者。李登輝氏は中国人として初めて自ら立候補し、民主的な選挙で選ばれた総統だ。中国にとってのユートピアとは、一人一票による選挙を実現する社会だ」

――中国大陸でも一般国民の有権者一人一票による民主選挙が必要と考えるか。
 「もちろんだ。中国人だけでなく、世界各国各地で正義と平和を維持するために民主選挙が行われるよう願っている」

――香港政府の許可が下りないまま、地下FMラジオ局「民間電台」を香港で開設、放送開始して約一年がたつが、どのような内容の放送を続けているのか
 「昨年九月六日に放送許可申請を提出したが未だに許可が下りない。去年十月から試験的に毎晩、放送し、機材を強化して受信範囲も徐々に広げている。内容は政治。小泉首相の批判もしている」

――資金は募金か。尖閣諸島の領有権を求める募金から捻出しているのか。
 「別々だ」
曽健成・香港保釣行動委員会委員
【曽健成(ツァン・ジャンチェン)】
1956年1月26日、中国広東省宝安県生まれ。大柄の体格とヒゲの風貌から「阿牛」の愛称で呼ばれる。1989年から社会運動を開始。同年、民主台主席に就任、支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会)常務委員、香港島東区区議員(91〜99年、04年〜06年。95年から3年間、香港立法局議員。民主党常務委員(94〜99年)、96年6月、香港保釣行動委員会メンバーとなり、民主倒董力量常務委員などを経て05年、民間FMラジオ局「民間電台」召集人。香港島東区区議員。


【尖閣諸島をめぐるこれまでの動き】
1859年 美里間切(現沖縄市)の大城永保が清への航海途中、尖閣諸島に上陸し、地勢や植物、鳥類を調査
1885年 福岡県出身の古賀辰四郎が久場島(釣魚島)に上陸し、アホウドリの羽毛採取。沖縄県に借地契約を請求
1895年1月 日本政府が尖閣諸島を沖縄県への編入を閣議で決定。正式な日本領になる
1968年 日本、台湾、韓国の専門家が国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力で東シナ海の海底を学術調査
1969年5月 ECAFEの調査結果で尖閣諸島付近の大陸棚に大量の石油資源が埋蔵されている可能性を指摘
1969年5月 米占領時代の琉球政府が尖閣諸島に標杭を建立
1971年1月 2500人の中国人留学生らが国連本部前で尖閣諸島の中国領有を示威
1971年6月 台湾政府が尖閣諸島の領有権を公式に主張
1971年6月 日米間で沖縄返還協定が調印される
1971年12月 中国政府が尖閣諸島の領有権を公式に主張
1978年8月 右翼団体・日本青年社が尖閣諸島の魚釣島に灯台建設
1990年10月 香港のビクトリア公園で12000人が尖閣諸島の中国領有を求め集会に参加
1996年7月 日本青年社が尖閣諸島北小島に第2灯台を建設
1996年9月 香港から尖閣諸島への上陸を阻止された全球華人保釣大連盟召集人の陳毓祥氏が溺死
1996年10月 香港保釣行動委員会メンバーらが尖閣諸島に上陸
1998年6月 香港の抗議船「釣魚台号」が領海内に侵入後、領海外に退去させられ、浸水して沈没
2003年12月 福建省アモイで開催された全世界華人保釣フォーラムで「中国民間保釣連合会」を結成
2004年3月 中国人活動家7名が日本の海上保安庁の警備の隙を突いて魚釣島に上陸したが、沖縄県警察本部は全員を出入国管理法違反容疑で現行犯逮捕
2005年2月 日本青年社が27年間保守し続けてきた魚釣島漁場灯台を日本政府に移譲、国有化
2006年8月16日 台湾の保釣(釣魚島防衛)連盟メンバーらが小泉首相の靖国神社参拝に抗議するため尖閣諸島に接近し帰


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