中国企画記事 特選

2004年6月13日記


    蒋彦永医師に出国禁止措置か 中国
    いまだ帰宅できず“軟禁”状態


 国際的な人権組織「中国人権」(本部・ニューヨーク)によると、北京の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)感染状況を中国政府が過小報告している実態を実名で内部告発していた中国人民解放軍三〇一病院の元外科主任医師・蒋彦永氏(73)=写真=とその妻・華仲尉さんが一日以降に消息不明になっている問題で、中国当局は蒋医師夫婦が在米の実娘・蒋瑞さんと再会することを阻止するため出国する権利を剥奪して拘束を解いていない。

 中国当局によって拘束状態にある蒋医師と妻・華仲尉さんは、ほぼ毎年、米国在住の娘・蒋瑞さんと娘婿・廖康さんに会うために米国入りしており、今年も今月初めに米国入りするため航空チケットも予約手配していた。

 「中国人権」によると、蒋夫婦は一日午前九時(日本時間同十時)ごろ、北京市内の自宅を出て勤務地である同市内の解放軍三〇一病院に寄った後、行方が分からなくなっている。三〇一病院側は蒋医師の親族の問い合わせに対し、「蒋医師夫婦はとても安全な場所にいる」と伝えているという。妻・華仲尉さんが子供に宛てた直筆の手紙の内容では、拘束中の蒋夫婦二人は当局から米国入りを未然阻止するために出国禁止措置を受けている。

 蒋医師は天安門事件当時、北京の解放軍三〇一病院で外科主任をしており、今年二月二十四日付で同事件を「反革命動乱」とみなす中国当局の評価を改めて「学生愛国運動と呼ぶべきだ」と主張する書簡を温家宝首相や呉邦国全国人民代表大会常務委員長らにあてて提出し、政治的な波紋を広げていた。

 香港紙「明報」(十三日付)が伝える消息筋によると、蒋医師が「一時的衝動」で友人に手渡した書簡が自ら知らないうちにネット上で公開され、内外メディアでも中国当局への公開書簡として紹介されたことについて「結果的に人に利用された。後悔している」と話しているという。
(2004年6月13日記)

2004年6月11日記



   SARS告発医師、いまだ不明
   米ビザ申請後、夫婦とも
   民主活動家は精神病院収容へ


 北京の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)感染状況を中国政府が過小報告している実態を実名で内部告発して英雄視されていた中国人民解放軍三〇一病院の元外科主任医師・蒋彦永氏(73)が、北京在住の夫人と共に当局に拘束され、いまだに行方不明であることが明らかになった。

 国際人権組織「人権観察」が十日発表した声明によると、蒋医師夫婦は一日、北京の米国大使館に渡航ビザを申請するために移動中、中国政府の特別工作員に工作され、そのまま行方不明となっている。

 在米の同氏の娘・蒋瑞さんは四日、「私たち夫婦は元気だが、北京から別の場所に移動させられている」と書かれた母親・華仲尉さん直筆の手紙を受け取っており、中国当局は蒋医師の個人的な所持品も押収しようとしているという。

また、国際的な人権組織「中国人権」(本部・ニューヨーク)によると、北京の民主活動家・胡佳氏(31)が今月に入って北京の公安当局から拘束され、九日、精神障害があるとの診断を受けて同市内の精神病院に送る準備中だ。胡氏の両親は「息子は精神状態は正常であり、当局の強制的な精神病院入院手続きは不当だ」と抗議している。(2004年6月11日記)

2004年6月3日記


   SARS告発の医師行方不明 中国
   天安門事件記念日直前に憶測飛び交う

 中国政府が一昨年、北京の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)感染状況を過小報告している実態を実名で内部告発し、英雄視されていた中国人民解放軍三〇一病院の元外科主任医師の蒋彦永氏(72)が、北京在住の夫人と共に行方不明となっていることが三日、在米の同氏の娘・蒋瑞さんの声明で明らかになった。

 蒋瑞さんによると、蒋彦永医師夫婦は一日、北京の解放軍三〇一病院を出た後、自宅にもどらず、音信不通状態。同病院側は蒋医師夫婦の所在は知らせず、安全であることだけを簡潔に伝えたという。

 六月四日の天安門事件の十五周年記念日を前に、中国当局が蒋氏の口封じをするために所在を明らかにせず、軟禁状態に置いている可能性もある、などさまざまな憶測が飛び交っている。

 蒋氏は天安門事件当時、北京の解放軍三〇一病院で外科主任をしており、今年二月二十四日付で同事件を「反革命動乱」とみなす中国当局の評価を改めて「学生愛国運動と呼ぶべきだ」と主張する書簡を温家宝首相や呉邦国全国人民代表大会常務委員長らにあてて提出し、政治的な波紋を広げていた。

 蒋彦永氏は一九三一年十月、上海生まれで燕京大学医学予防科(のちに北京大学と合併)を卒業。五七年から人民解放軍の病院に勤務後、六八年の文化大革命で「反革命分子」として青海省の軍牧場に下放された。蒋瑞さんによると、九九年の天安門事件十周年の際、中国当局の天安門広場で抗議者の一人も殺害されていないとの声明を強く批判し、蒋氏が緊急処置で救った抗議者数人が後に銃殺されたことを海外メディアを通じて伝えるなどした。 (2004年6月3日記)