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2011年7月22日記


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かき消された江沢民病死説
香港ATV、産経の報道一蹴

権力バランス影響少なく


 
来秋の党大会で中国指導部が一新される権力闘争激化の時期を迎え、7月6日夕から江沢民前国家主席(84)の死亡情報が香港のテレビ局ATVで報じられ、日本の産経新聞も号外や7月7日付夕刊で「6日夕、死去した」と断定報道した。しかし、中国政府は死亡報道を一蹴し、死去は誤報と断じる。一部情報に踊らされたスクープ狙いの報道の裏で着々と習近平新体制への人事移行が進みつつある。(深川耕治=2011年7月22日記)

習新体制へ党大会人事着々

7月6日午後6時36分、江沢民氏が死去したことを報道する香港ATVのニュース番組
7月6日午後6時のニュース番組で江沢民前国家主席の死去を報じる香港ATV。午後9時半からの江氏の生前を偲ぶ特集番組を放送しようとしたが、中止。翌日、死去報道は誤報として謝罪する珍事となった
 死亡説の発端は江沢民氏が7月1日の中国共産党創建90周年の祝賀大会を欠席したことだ。その直後から国内のミニブログ(微博)や海外メディアから健康不安説や死亡説が流れ、情報が錯綜し始める。

 香港のテレビ局ATVは、7月6日午後6時のニュース番組で「江沢民病死 享年84歳」とテロップ付きで報道。その後、「公的には確認されていない」と伝え、翌7日には報道を撤回し、視聴者や江氏、その家族へ謝罪した。韓国のKBSテレビも同日、「(江氏が)5日夜に北京の病院で死去」と消息筋の話として報じたが、死去の断定報道ではなかった。

 香港地上波テレビ局の香港ATVは昨年、大株主の激しい入れ替わりで中国大陸資本が大幅に増え、上海出身の王征氏が筆頭理事となり、「標準中国語放送専門チャンネルをつくってアジアのCNNになる」と王征氏が豪語したため、香港では中国政府の意向に沿う報道しかしない「香港の中国中央テレビ(CCTV)」と揶揄されるほど、中国政府との関係が深くなっていると見られている。

7月6日午後6時36分、江沢民氏が死去したことをテロップと映像入りで報道する香港ATVのニュース番組
7月6日午後6時のニュース番組で江沢民前国家主席の死去をテロップと映像で流す香港ATV。中国本土の資本が急増し、「香港の中国中央テレビ(CCTV)」と香港人から揶揄されている
 「多維週刊」などによると、王征氏の母親・王雲飛氏が江沢民夫人の王冶坪氏と従姉妹の血縁関係にあり、王征氏が上海の華東師範大学外国語系ロシア語科に在学中は江沢民氏が奨学金を出していた。王征氏が江氏と親戚関係にあるとの見方が強まったため、ATVの江氏死去の報道は憶測を呼んだが、王征氏は8日、「テレビ放送で私も死去報道を知った。江氏とは親戚関係ではない」と話し、誤報に対して謝罪した。

 王征氏の曾祖父は「中国近代工業の父」と尊敬される上海交通大学創設者で初代校長の盛宣懐。中国初の商業銀行「中国通商銀行」創設者でもある。継父は舒同・中国書道家協会初代主席で中国元老という毛並みの良さから名門・盛家の第四世代と呼ばれる。それだけに江氏死去報道はさらに様々な憶測を呼んだ。

 突出して江氏死去を断定報道したのは日本の産経新聞。7月7日午前、「江沢民氏が死去」の号外(PDF版)を出して「膀胱がんを患い」、「脳死」と報じたほか、同日付夕刊には同様の死去を断定する記事を掲載し、香港各紙は同紙の掲載紙面を写真付きで報じている。

7月7日付の産経新聞号外(PDF版)は江沢民氏が死去と断定報道した
産経新聞7月7日付の号外。江沢民氏が死去したことを断定報道しているが、誤報との認識はなく、7月末の時点でも読者に対して未だに訂正やお詫びはしていない。逆に死去が事実ならば大スクープだが、結局誤報だった。10月9日、産経新聞は誤報を認め、読者に謝罪記事と誤報になった経緯を記事にしたが、誤報後に生存情報も報じたとのちぐはぐな弁解も掲載し、ATVのような編集幹部の辞職などの厳しい対応はなく、社長と専務(編集担当)、編集局長の3役員の減俸処分のみで真摯な謝罪とは言えない
 7月5日、中国外務省は死去説について「そのような情報はない」と否定。7月7日、国営新華社通信も複数の権威ある消息筋の話として「一部の海外メディアによる江氏病死報道は完全なうわさだ」と話していることを報じ、死亡を否定した。

 中国の歴代最高指導者の公式的な死去報道は死去して最長でも1日以内で行われている。毛沢東氏死去の場合、死亡時間から約16時間後に中国中央テレビが報道し、ケ小平氏死去の際は死亡時間から約5時間半後に新華社通信が報じた。産経新聞の江氏病死報道が事実であれば、二週間以上経た現時点で中国官営メディアが報じないことはあり得ない。

 その後、江氏の生存を裏付けるような有力情報が次々と明るみになった。

 7月12日付の香港各紙によると、江氏の長男で中国科学院副院長の江錦恒氏が7月8日、国際砂漠フォーラムに出席するため、内モンゴル自治区オルドス市を訪問したことを確認。党政治局の賀国強常務委が欧州やアジア5カ国を歴訪、張徳江副首相が北朝鮮訪問を行うなど、次々と外遊のために北京を離れ、江氏の実妹・江沢慧氏が7月6日から2日間、世界園芸博の準備のため山東省青島市に滞在していたことから、江氏の容体がさほど深刻なものではないと推測されている。

7月13日、上海テレビがニュース番組で韓哲一・元上海市党委書記の告別式で江沢民前国家主席と王冶坪夫人の名前で花輪が送られたことを映像入りで伝えた
7月13日、上海テレビがニュース番組で韓哲一・元上海市党委書記の告別式の際、江沢民前国家主席と王冶坪夫人の名前で花輪が送られたことを映像入りで報道。江氏の死亡説を否定している=上海テレビのテレビ映像から
 さらに上海テレビは7月13日、98歳で死去した韓哲一・元上海市党委書記の告別式の際、江沢民前国家主席と王冶坪夫人の名前で花輪が送られたことを映像入りで報道。花輪は胡錦涛国家主席や他の政治局常務委員全員がそれぞれ送っており、江氏の生存を対外的に明示しているが、健康状態は不明のままだ。

 江氏が最後に公の場に姿を現したのは昨年12月末、朱鎔基前首相や李瑞環前政治協商会議主席らと共に上海で京劇に関する演奏会に出席した時だ。今年早々、江氏が北京の301病院に入院したとの情報が流れたが、未確認情報。今年4月、本人の養父・江上青氏の生誕百年を祝う会では、江沢民氏自身が「満江紅」という詩を自筆で書いて贈呈している。揮毫の文字を見る限りはしっかりした字を書いており、文字に乱れなどは感じられない。

 7月13日付の香港英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」も、死亡説が流れた時期、江氏は自宅で静養中だったと報じている。6月、高熱のため北京市内の人民解放軍病院に入院したが、7月1日の共産党創建90周年記念式典前に退院。担当医師は式典への参加は体力的に厳しいと判断、自宅静養を勧めたが、心臓発作のような深刻な状況には陥っていなかったという。

7月6日、中国のニュースサイト「山東新聞網」は「敬愛する江沢民同志は永遠に不滅」と死去を伝えるバナーをトップページに設置。その後、削除された
7月6日、中国のニュースサイト「山東新聞網」は「敬愛する江沢民同志は永遠に不滅」と死去を伝えるバナーをトップページに設置。その後、削除された
 誤報を流した国内メディアへの厳しい処分も行われている。7月13日付の香港経済日報などによると、中国のニュースサイト「山東新聞網」が7月6日、「敬愛する江沢民同志は永遠に不滅」と死去を伝えるバナーをトップページに設置した問題で、サイトを運営している新聞社・山東商報の幹部(王連君書記、韓源泉社長)ら4人が免職・降格などの処分を受けた。7月6日夜には同サイトは「技術的故障」を理由に閉鎖され、現在は回復している。

 日本の産経新聞は、このような状況でも江氏死亡を断定したまま、訂正やお詫びはしておらず、「報道の通りです。取材内容についてはお答えできません」(産経新聞広報部)と回答している。

 その後、10月9日に江沢民氏が北京の人民大会堂に現れ、健在ぶりをアピールしたことで誤報を認めたが、香港ATVのように編集幹部の解任などのような厳しい処分はなく、社長と専務(編集担当)、編集局長の3役員の減俸処分のみ。最低限必要であろう中国総局長の更迭処分すらないのは、けじめのつけ方としては甘すぎると言わざるを得ない。

 江氏の死亡報道では、来秋の党大会に向け、太子党(党幹部子弟)である習近平国家副主席を次期最高指導者に指名した上海閥トップの江氏が死去すれば、習氏の後ろ盾がなくなり、上海閥が衰退することで権力移譲が不安定になるとの憶測報道にあふれていたが、実際はその逆の様相を呈している。

2011年4月、本人の養父・江上青氏の生誕百年を祝う会で江沢民氏自身が「満江紅」という詩を自筆で書いて贈呈。右は江上青氏。100歳の長寿となった
4月、本人の養父・江上青氏の生誕百年を祝う会で江沢民氏自身が「満江紅」という詩を自筆で書いて贈呈。右は江上青氏。100歳の長寿となった
 中国指導部は江氏をトップとする上海閥、胡錦涛国家主席を中心とする共青団(共産主義青年団出身者)派、政治改革を求める温家宝首相ら改革派、太子党の習近平国家副主席の四大勢力が新人事をめぐり、しのぎを削っている。

 退潮が危ぶまれるのはむしろ、国務院を牛耳る温首相を中心とした改革派だ。政治局常務委や軍部に影響力を残す上海閥が太子党に吸収される形で太子党の権力は増強され、省・市レベルの人事を掌握する共青団派との二大勢力に変貌しつつある。習近平新体制への権力移譲準備は着々と水面下で進められているのである。

2010年12月末、江氏が最後に公の場に姿を現したのは朱鎔基前首相や李瑞環前政治協商会議主席らと共に上海で京劇に関する演奏会に出席した時だ
2010年12月末、江氏が最後に公の場に姿を現したのは朱鎔基前首相や李瑞環前政治協商会議主席らと共に上海で京劇に関する演奏会に出席した時だ
 衰退する上海閥は、たとえ江氏が死去したとしても“弔い効果”が上がるばかりか、曽慶紅元国家副主席や賈慶林政治協商会議主席らが後見人として習近平氏を支持するため、上海閥自体が急激な退潮となることはない。

 香港誌「前哨」7月号によると、最近になって北京市内で習近平国家副主席が曽慶紅前国家副主席と約三時間にわたって密談。来秋の党大会人事を含め、話し合ったという。次期首相候補の最有力だった李克強副首相が体調不良のため首相ポストは不適応と判断され、代わりに王岐山副首相が次期首相の筆頭候補に浮上、紅歌活動で実績を積んでいる薄煕来重慶市党委書記も次期首相候補に挙がり、習近平氏は態度を明確に示していないという。

 最近の動向では、習氏の父・習仲勲氏の薫陶を受けた周永康氏、太子党の呉邦国氏、曽慶紅元国家主席の息がかかる賀国強氏らが習氏を支える勢力となり、政治局委員25人のうち少なくとも10人(習近平氏、賈慶林氏、呉邦国氏、賀国強氏、王岐山氏、劉延東氏、李源潮氏、張徳江氏、兪正声氏、薄煕来氏)を占める太子党が、政治局常務委や軍部で一定の権力を掌握しつつある状況に変わってきている。