中国企画記事 特選

2004年9月19日記

江沢民氏、中国軍事委主席を辞任
後任に胡錦濤国家主席
徐才厚氏が軍事委副主席に昇格
 新華社電によると、9月16日から開幕していた中国共産党第16期中央委員会第4回総会(4中総会)が19日に閉幕、軍トップに君臨してきた江沢民中央軍事委員会主席が同ポストを辞任し、後任に中央軍事委副主席だった胡錦濤総書記(国家主席)を選出した。

 軍事委副主席には徐才厚中央軍事委員が昇格・就任。江氏は来年三月の全国人民大会(国会=全人代)で国家軍事委員会主席も辞任することが決まり、党や政府だけでなく軍トップも掌握した胡氏がようやく第四革命世代として中国の実質的な最高指導者に就くことになった。(04年9月19日記、深川耕治)
【解説】健康問題が辞任理由に 江氏引退
側近・曽慶紅氏の昇格なし
後継の胡錦濤氏、ブレーンが盲点
毛沢東型の求心力狙う危険も
 江沢民氏は天安門事件当時、トウ小平氏の鶴の一声で党総書記に抜擢され、一九八九年十一月に中央軍事委員会主席に就任して以来、約十五年間、実質的な中国最高指導者を意味する軍トップに君臨し続けた。九〇年代に入り、ソ連、東欧の共産政権が崩壊する中で、トウ氏が打ち出した改革開放政策で「政治は一党独裁、経済は資本主義導入」という矛盾を背負った中国共産党が天安門事件を通して軍強化を図り、延命した十五年間ともいえる。

 江氏は党総書記、国家主席を胡錦濤氏に委譲してもなお軍トップである中央軍事委員会主席で居座っている姿は「権力の二重構造」、「院政」との批判を内外から受け、トウ小平氏と同じく、党の要職を去って約二年後にようやく完全引退することとなった。

 四中総会での中央軍事委員会人事の焦点は、江沢民氏の去就以上に江氏の側近中の側近である曽慶紅国家副主席(中央政治局常務委員)が江氏の引退と引き替えに中央軍事委副主席に就任するかどうかだった。だが、江沢民派の権力温存への猛反発は党内で予想以上に強く、江氏の意向は反映されなかった。中国の政治情報に詳しい香港各誌では、江氏がここ二年、ことあるたびに曽慶紅氏の中央軍事委副主席昇格を打診しても中途挫折したと報じており、一昨年の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)騒ぎ以来、江氏の党内求心力が最近になって急速に薄れていることを物語っている。

 江沢民派内では、江氏の完全引退時期を二〇〇七年の第十七期党大会まで引き延ばすべきだとの声が根強かったが、八月二十二日のトウ小平氏誕生百周年記念日での盛大な式典で党内の主流派がトウ氏の偉業を最大限評価すると同時にトウ氏の権力委譲に対する勇退ぶりを高く評価することで、江氏の早期完全引退を歓迎するシグナルを送り、江氏自身も四中総会が完全引退のぎりぎりのタイムリミットと最終判断した。

 今回の江氏辞任の表向きの理由は老齢による健康問題とされる。ロイター通信は十八日の北京電で江氏が健康問題を理由に辞任する可能性が強いと報じた。一九八九年以降、江氏が心臓病を患っていることが問題となっており、七十八歳という高齢でも健康問題を抱えたままの続投は軍にとってもマイナスというのが大義名分。

 香港誌「亜洲週刊」(9月19日号)でも、江氏が四中総会直前の九月三日から三日間、李継耐総装備部長ら軍幹部を引き連れて福建省アモイ周辺の軍事基地を視察し、アモイの観光名所コロンス島.や仏寺を訪問した際、「老齢のためによろよろ歩きしかできない」と語ったと報じており、体力の衰退は現役の軍トップが務められない現状であることは否めない。

最近では、沿海部の急速な乱開発に歯止めをかけようとする温家宝首相がマクロ経済修正論を打ち出し、利権が封じられる江派は猛反発して確執が生まれていると見られており、すでに江派は以前のような求心力を失い、胡錦濤・温家宝政権を影で操る力はなくなっている。

 党や政府、軍をすべて掌握した胡錦濤氏が民意重視の最前線主義、科学的発展観、新三民主義など独自理論を打ち出しつつ、どこまで独自カラーを出すかが今後の焦点。胡氏の直系ブレーンは兪可平中央編訳局副局長、夏勇社会科学院法学所長兼中央政策研究室副主任、外交顧問である王輯思社会科学院米国所長、農村問題顧問の于建栄社会科学院農村所長、康暁光清華大学国際研究室主任の五人だ。

 五人の思想はやや保守的で、胡錦濤総書記が選択すべき政治課題は「マルクス主義生命工程」だ、と主張している。彼らが意図しているのは二十一世紀に再びマルクス主義を再振興させ、未来の政治上、強硬派に転化して毛沢東の相続人とさせることだとしており、ブレーンの影響力次第では政治上、左派路線の復活もあり得る不安定要因をはらんでいる。(04年9月19日記、深川耕治)
トウ=登ヘンにオオザト