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2012年11月26日記


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胡錦涛氏「全退」は江氏の戦略
香港誌「前哨」の劉達文編集長に聞く

院政の呪縛なき習体制に光

 習近平総書記をトップとする中国共産党の新たな最高指導部が15日発足し、江沢民前国家主席の派閥がなお影響力を持ち続ける新体制をスタートさせた。党指導部人事による権力闘争の内幕や今後の日中関係、莫言氏のノーベル文学賞受賞について香港の月刊政治専門誌「前哨」、劉達文編集長に聞いた。(深川耕治、写真も=2012年11月26日記)

団派は完敗、汚職解決を
習氏は求心力持てる好機
第六世代リーダーは選挙選出も

――党最高指導部である政治局常務委員会のメンバー7人のうち過半数が江沢民派で占められ、胡錦涛国家主席は総書記だけでなく軍トップの中央軍事委主席も引退した。江氏の政治的影響力はなお残るか。

 「胡錦涛体制が終わっても一世代超えて影響力があるほど江沢民派は政治的影響力は残存している。だからといって習近平政権は、権力基盤が脆弱だったために約5年で引退した故・華国鋒党主席のような暫定的な政権にはならない。完全引退する胡錦濤国家主席は自派の共青団派(団派)を李克強副首相一人しか政治局常務委に入れることができず、薄煕来元重慶市党委書記の処分問題では胡主席と李克強氏は意見が食い違うほどなので、団派は完敗だ」

――8月の北戴河会議で政治局常務委メンバーの最終人事決定がもつれ、江沢民派が最後に劣勢を挽回して優位となったのはなぜか。

 「胡錦涛国家主席は10年間、政権のトップだったが、軍では最後まで江沢民派の勢力に押され続けた。両派閥は激しいせめぎ合いで紆余曲折の末、2010年に胡主席は江氏に軍幹部の人事刷新を提言し、江派の引退、一掃を図ろうとした。しかし、江氏が2012年の党大会での入れ替えまで待つよう主張し、最後まで軍は江派の支配下にあり、団派は地方政府レベルで牛耳るのみだった。結果的に二派の権力闘争で漁夫の利を得たのは習近平党中央軍事委主席だ」

――最高指導部人事で江派が有利となり、胡錦涛国家主席が完全引退する結末になったのは北戴河会議や党大会でどんな展開があったからか。

 「『前哨』最新号(12月号)で報じたとおり、党大会では鄧小平世代(革命第二世代)、江沢民世代(革命第三世代)の長老、胡錦涛世代(革命第四世代)、習近平世代(革命第五世代)各代の代表が党、国務院、軍のそれぞれの立場から意見を述べ、代表名簿にない第二世代、第三世代の長老の発言力が残ったことが影響している。結果的に江沢民派に有利に展開したが、政治局常務委7人の派閥を見ると、江派が多いといっても、完全な江派は張徳江副首相と張高麗氏のみで劉雲山氏は江派に近い程度。“半江沢民派(半分だけ江沢民支持)”が多く、他は太子党3人と団派の李克強副首相でバランスは比較的取れている」

――最終的に胡錦涛国家主席が党総書記だけでなく党中央軍事委主席も引退する「裸退(中国語で完全引退を意味)」を決断したのはなぜか。

 「やむを得ず、肉を切らせて骨を断つということだ。当初、江沢民氏は胡錦涛氏に総書記引退後、2年間は党中央軍事委主席に留任しても良いと打診していたが、自派にとって無益なので、断り、名を捨て実を取ることを選んだ。江氏も党大会での体調を見ると分かる通り、健康状態は思わしくなく、裸退することで江派の権力二重構造に終止符を打たせる覚悟だった。『前哨』最新号の巻頭言でも解説したが、江氏は自分以外の老皇上(最高指導者を影で動かす人物)が生まれてほしくなかった。今春、北京の党幹部が劉夢熊全国政治協商会議香港特別行政区委員に江沢民氏の“南巡”(鄧小平氏のように自身の求心力を得るため地方視察して政治的発言力を得る)を呼びかけるよう指示し、香港紙・東方日報に掲載された。胡錦涛氏の完全引退を助長し、習氏への権力移譲をスムーズにさせる外堀を埋める動きだった」

――党総書記と軍トップである党中央軍事委主席を同時に引退する最高指導者の「裸退」は今後、68歳定年制のように制度化して定着するか。

 「裸退は定着化するだろう。鄧小平時代、江沢民時代は天安門事件など特殊な事情があり、いろんな意見があっても、とくに第三世代は権力核心を江沢民氏に決めた。今回は過去十年間、政治的なカリスマ性が足りなかった胡錦涛氏が事実上の権力核心にはなりえない。むしろ、新たなカリスマ的な権力核心を再び醸成する機会にすべきだという暗黙の共通認識が党内にある。胡錦涛氏と違い、習近平総書記はそれを持てるかもしれない。軍幹部が今回入れ替わり、時間を経るごとに習近平氏への忠誠心が強まり、求心力が高まることは間違いない。習近平・李克強体制は院政の呪縛から解放され、軍をコントロールしやすくなる」

香港の書店に置かれる香港政治月刊誌「前哨」最新号(2012年12月号)や他の香港政治誌。最近は中国大陸の観光客が中国内で得ることができない情報を目当てに一般の中年女性も購入していくケースが多い

――ポスト習近平となる革命第六世代の指導者候補として1963年生まれの胡春華内モンゴル自治区党委書記、孫政才重慶市党委書記の呼び声が高いが、どう見るか。

 「両氏とも実務能力は高いが、最高指導者になるためには昇進ポストで失敗が許されない。これまでの権力闘争史を見ればわかる通り、まだ、だれがなるか見極めるには時間がかかる」

――これまで新リーダーは故・鄧小平氏や江沢民氏など最高指導者の欽定(君主の命令)、鶴の一声で決められてきた。胡錦涛氏の裸退を機に欽定による指導者選びは革命第六世代からはなくなるのか。

 「これから十年間のことを予測するのは非常に難しいが、インターネットが発達しているので、一党独裁の強権ばかりを行使しなければ欽定による決定はおそらくありえないだろう。党中央委員会による選挙で決まっていくのではないか。習近平総書記、李克強副首相は文化大革命で苦い地方経験を通過し、地方の現場の苦しみを知っている。北京の学者グループの中には彼らへの期待感を強めているケースもあり、逆に悲観的な見方もあり、意見が二極化している」

――習近平体制になって中国内の民主化や香港の民主化や一国二制度はどうなっていくか。

 「1976年の第一次天安門事件や台湾の二・二八事件のように政府が再評価すれば、その政権の名誉名声になる。1989年の天安門事件の再評価も、政権が行えば、歴史的に名声が高まるはずだ。天安門事件後の中国大陸と香港をつなぐ再評価のための地下運動、「黄雀行動」はその糸口になるもので、自著「64黄雀行動 内幕と真相」(夏菲爾出版)に詳細を綴っている。だが、党の宣伝・思想部門のナンバー2である党宣伝部長だった劉雲山氏が書記処第一書記に就任したので、民主化は当分見込めない。鄧小平氏の改革開放路線で天安門事件以降、党内や民間での汚職が拡大・深刻化し、貧富の格差や不公正について国民の不満は増幅している。これまでの山積する汚職問題は制度が問題なので、過去の汚職をどこまで取り締まり、どこまで特赦できるか、習近平体制の智恵と英断次第だ」

前哨」編集部は中国資料の宝庫。貴重な写真や情報をストックし、メディア向けに販売もしている

――中国の最高指導部人事が決まる直前、尖閣諸島をめぐる日本政府の国有化で激しい反日デモが発生した。習近平体制となって中国の対日政策はさらに厳しくなるか。

 「今回の中国政府の対応は、あくまで受け身で政府として最大限の力を行使した。原因は石原慎太郎東京都知事(当時)が東京都として釣魚島(尖閣諸島の中国名)を買い取ると言い出したことだ。中国が日本と戦争をしたくないことは米国も理解しているので、日本側の国有化の動きに乗じて国として最大限の抗議を行い、デモで圧力をかけた。相手の動きを利用して国益を最大限主張する手法は中国ではよく行う手だ」

――今後も中国内で日系企業、日系デパートなどが反日デモで多大な被害を受けるような事態は続く可能性はあるか。

 「米国が中日関係をいかにうまく仲介してくれるかによるだろう。中国は習近平体制になって反日デモを押さえ込む能力はある。日本も衆議院選挙後、新しいリーダーになり、どの程度、中国との関係をうまくやっていけるかどうかで決まってくる。中東のイスラエル、パレスチナ問題でヒラリー米国務長官が仲介して事態を収拾したような収まり方をするだろう」

――中国の作家、莫言氏が今年のノーベル文学賞に選ばれ、文学と政治の関わりが論争となっている。香港では莫言氏を官方作家(政府の御用作家)として批判的に見る向きが強いが、莫氏の受賞について政治的意味をどう見るか。

香港の書店では莫言氏の著作が特集されて販売されている

 「ノーベル賞選考委員会の立場から見ると、過去の中国系の受賞者との政治的なバランスを取り、中国共産党の面子(めんつ)を立て、なだめるために決断した形だ。これまでノーベル平和賞についてはチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世、民主活動家の劉暁波氏(国家政権転覆扇動罪で服役中)が受賞し、ノーベル文学賞はフランスに亡命した高行健氏が受賞している。とくに高行健氏が受賞した時、中国内では莫言氏や李鋭氏が受賞できるだけの資格があるではないかとの意見がかなり出ていた。」

――莫言氏だけでなく、李鋭氏もノーベル文学賞候補に近いと言われてきたが、莫言氏が最終的に受賞した理由は何か。

 「莫氏が中国共産党員であり、中国政府と関係が近い中国作家協会副主席だという点だ。莫氏の対外的な発言はどうしても党のことを考えて語るしかないところがある。しかし、良心を持っていて、執筆する時は党員であることを一切意識しないで書いており、劉曉波氏の受刑に関しては早期釈放を求めているので、個人的には評価している」

【劉達文(リュウ・ダーウェン)】
 1952年、中国広東省東莞生まれ。東莞華僑中学に学び西洋文学に触れる。1966年、学業を中断、故郷で農業に携わる。10年間の農村生活の間にオリジナルの詩や小説を創作。1978年、恵陽師範科学学校(現・恵州大学)に入学し、中文系(国文科)、マスコミ学科を専攻。1981年1月香港へ移住。同年3月、月刊誌「争鳴」で勤務。香港では散文のほか、中国現代文学を研究。作品の多くは「当代文芸」「星島晩報」「文匯報」「争鳴」「七十年代」「南北極」「開放」「前哨」「特区文学」などで発表された。現在、香港月刊誌「前哨」の編集長。ペンネームは蘇立文、暁沖、羅汝佳など。


※「前哨」の劉達文編集長とはインタビュー4回目。編集部は広東省深セン(土ヘンに川)に近い新界地区の荃湾(ツェンワン)にあり、MTR(地下鉄)荃湾(ツェンワン)駅から歩いて20分ぐらいのところだった。「前哨」最新号(12月号)が発売された直後だったので、最新情報について質問できる絶妙のタイミングだった。ご本人は相変わらずお元気。日本のメディアでこれほど何度もインタビューするのは私ぐらいで、非常に信頼しておられる。実際は2時間15分のインタビューだったが、まとめられる部分だけまとめた。劉編集長は政治だけでなく、文学に造詣が深い。莫言氏については政治とは無関係の文学作品について評価していた。