香港企画記事速報

2004年6月3日記


  天安門事件の記憶、風化せず 香港
  民主化の追い風、どこまで

    中国本土で民主活動家が軟禁、人気ラジオ番組の中止、中央政府の普通選挙阻止…
    9月の立法会議員選挙で決着

 中国に返還された香港は七月一日で返還七周年を迎える。昨年七月一日には新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)直撃による景気低迷の不満が香港基本法二三条の立法化をめざす香港政府に向けられ、約五十万人の反政府デモで中央政府を震撼させた。九月に立法会選挙を前に、六月四日は天安門事件十五周年の節目の日となり、香港の民主化に微妙な影響を与える政治的問題となっている。中央政府の民主化封殺圧力は言論界にも及び始めており、「一国二制度」は大きく揺らぎ始めている。(香港で、写真も=04年6月3日、深川耕治記)

 天安門事件で一人息子を亡くした遺族の丁子霖さん(「天安門の母親運動」代表)は先月二十五日、中国当局から「現政権では天安門事件の解決は不可能」との通知を受けた。ニューヨークに本部をおく人権団体「中国人権」によると、事件の真相究明や再評価を求める遺族会を組織している北京市内の丁さん宅には、突然、公安当局が乗り込んできて監視を始め、自宅軟禁状態に置かれている。

丁さんら遺族ら約四十人は先月十六日、北京市内で内密に記念追悼式を行い、公安当局から厳しく動向をマークされる結果となった。今年三月、SARS情報の隠ぺいを告発して一躍有名になった退役軍医の蒋彦永氏が天安門事件の再評価を求める書簡を温家宝首相あてに出し、内外の関心度が高まりつつあっただけに遺族らの憤怒の思いは冷却できないままだ。

 遺族らは同事件の主因として当時、指導部内で発言力の強かった強硬派の李鵬前全人代常務委員長の武力鎮圧指示言動が大きいとしており、遺族ら百二十六人が再び最高人民検察院に李鵬氏の刑事責任を問う告訴状を提出している。一方で中国政府は国家機密罪などで懲役九年となった学生民主活動家・李海氏らの満期出獄を許可、釈放後の再拘留は行わず、〇八年の北京五輪を前に人権回復のイメージアップに必死だ。

 一方、中国本土の民主活動封じ込めに危機感が高まる香港では、風化し続けていた天安門事件への関心度が再び高まりつつある。大きなきっかけの一つは香港のラジオ局「商業電台」の人気時事評論番組で司会を務めていた辛口評論家三人が次々と同時期に辞めていった事件の深層に中国政府の脅迫圧力疑惑が浮き彫りになったことだ。

 突然、今年五月にラジオ番組を降板していったのは、政治テロで刺されて重傷を負ったこともある鄭経翰氏、黄毓民氏、香港地区の中国人民大会代表で元自由党首の李鵬飛氏の三人。時事問題の辛口コメントが番組の高視聴率を牽(けん)引した三人は辞めた理由が「政治低気圧が私を直撃した」(鄭経翰氏)、「心身ともに疲れ果てた」(黄毓民氏)、「辞めるつもりはなかったが、脅迫電話があった」(李鵬飛氏)と別々だが、黒幕が存在し、香港の言論の自由さえもが脅かされているイメージを付けた。

 中央政府とのパイプが太い李鵬飛氏は「深夜、何者かが電話で妻子のことをほめて切った」と立法会で証言、中国本土からの嫌がらせ圧力との見方も根強く、「黒社会(暴力団)の圧力である可能性もある」(梁文道・香港商業電台顧問))との見方もある。

 一国二制度が保障されるはずの香港で言論の自由さえも封殺され始めるイメージが付き始めたことは、政治経済の動向に敏感な香港人の“自衛本能”を強く刺激した。

 天安門事件の再評価要求と追悼集会を毎年六月四日の事件当日に行っている支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会=司徒華主席)は五月三十日、香港島コーズウェイベイからセントラル(中環)の香港特別行政区政府公舎前まで同事件の再評価を求めるデモ行進を行い、主催者発表では、ここ七年来で最大規模の五千六百人が参加(表参照)して香港人に再び高い関心を持たせていることを示した。

 参加者らは「天安門事件の再評価を」とのいつものかけ声以外に「人民に政治を返せ」「昨年七月一日の大規模デモの精神を継承して完全普通選挙実現を勝ち取ろう」など新たなシュプレヒコールを上げていた。司徒華主席は「今年のデモ参加者は昨年の二倍を超え、六月四日のキャンドル追悼集会で少なくとも四万人以上の参加者が出席する手応えを感じた」と話している。

 六月四日で天安門事件十五周年の節目の日を迎える香港では、中央政府が〇七年の香港行政長官普通選挙実施や〇八年の立法会議員選挙完全普通選挙実施を事実上阻止する全人代決議を行ったことに市民レベルで反発が強まっており、同デモの参加者数急増は七月一日に予定されている民主化要求抗議デモや九月に行われる立法会議員選挙に大きな弾みをつける結果となった。

 香港大学の最新世論調査(五月十八−二十日)結果によると、「七月一日のデモに参加する」と答えた十八歳以上の香港人は一三・四%で「まだ決めていない」が二四・二%。この結果を分析すると、昨年七月一日のデモ参加者が五十万人だったのに対し、今年は三十三万人になるとの見通した。また、政治的立場は「民主派」が三二・一%、「中間派」が二九・六%、「親中派」四・六%、「政治傾向なし」二六・二%の順。民主派と中間派を合わせると過半数を超えるのに対し、親中派はわずか四・六%で支持率は低いことを示しており、九月十二日の立法会選挙で民主派の躍進、親中派の衰退を象徴しそうな結果だ。

 英誌「エコノミスト」は今後の香港の行方を大胆予想し、九月の立法会選挙で民主派が議席の過半数を制して議会運営で董建華行政長官の立場が厳しくなり、来年初めには辞職する可能性があるとの見通しまで出している。

【香港の天安門事件再評価デモの参加者数推移】
1990年 10000人
1991年 10000人
1992年 8000人
1993年 3500人
1994年 3000人
1995年 2750人
1996年 4500人
1997年 7000人
1997年 7000人
1998年 2700人
1999年 4000人
2000年 2000人
2001年 1500人
2002年 1500人
2003年 2500人
2004年 5600人
資料:支連会の統計結果より


【天安門事件】 一九七六年と八九年に北京・天安門広場を中心に発生した当局への異議申し立ての民主化要求。八九年の第二次天安門事件では中国共産党指導部が六月三日未明から同四日にかけて同広場に集まる民主化勢力(学生、知識人、党内改革派など)に対して軍を投入し、発砲しながら排除・制圧した。当局発表でも死者三百十九人、実際ははるかに上回る死傷者を出したとされる衝撃的事件。