中国企画記事 2007年9月27日記

あか擦りで億万長者30人輩出 中国河南省の寒村
全国的に有名、婿入り人気も


 河南省虞城県大楊集村は全国でも有名な垢(あか)擦り師を輩出する村で県中心部から四十キロの距離にある。以前は交通が不便で豊かになる産業すらなかった貧しい村は、村人らが垢擦りを生業とすることで生計を立てるしかなかった。

 だが、今では「垢擦り村」との異名が付くほど有名になり、村民三千人のうち一千人が村外で垢擦り師として出稼ぎを続け、年収は一人当たり二万元(三十万円)を超え、村全体の収入は二千万元(三億円)以上。村民三十人が億万長者となり、約八十戸が自宅兼用の洋風ビルを建てた。

 垢擦り師の村民たちが出稼ぎ後、春節(旧正月)に帰省する際、必ず真っ先に行うことは李友良氏の墓前で感謝の礼を捧げることだ。村の発展に功績を残した李友良氏は二〇〇五年に他界。李友良氏は十四歳当時、村で初めて大衆銭湯で出稼ぎ労働を行い、大衆浴場の水くみから始め、掃除係もしたが賃金は食事代に困るほどだった。その後、垢擦り師となると食べるに事足りるようになり、酒も少し飲めるほどになった。

 だが、自分の稼ぎの多くが銭湯経営者に入ることが不満となり、職場を転々とした。その後、垢擦り師として独り立ちし、村民を出稼ぎ垢擦り師として使いながら、経営を軌道に乗せ、他の村民らも同様の経営で億万長者になる者も出てきた。村が有名になるにつれ、同村の娘たちには外部の男性が婿入りを切望して結婚することが多くなり、結婚後、婿入りした男性たちは垢擦り技術を学び、出稼ぎして富裕者になるケースが増えている。

 垢擦り師の仕事は客の背中など全身を垢擦りした後、指圧やマッサージを行い、血液の循環を良くして披露を回復させることだ。有名になった同村には外部の人々も垢擦り技術を学びに来ることが多くなった。劉文革氏もその一人で、同村で垢擦り技術を学んだ後、一九九六年に天津で銭湯の経営を任され、収入は百万元(一千五百万円)を超えた。

 同村では「垢擦り協会」を設立し、垢擦り師養成をシステム化。最近では技術の情報提供や交流、技術養成業務などを始めている。(中国紙「東南快報」九月二十六日付=翻訳・深川耕治)