連載 「三通」の実験場アモイ 中台貿易の最前線ルポ 第1回



  連載 北京五輪と中国(全12回)
 連載 変わりゆく香港「一国二制度」10年の実験
 激戦・台湾総統選2004
 ルポ コピー天国・中国
 中華圏の魚食ブームを探る



大陸観光客のツアーで人気 大嶝島・台湾生活館
大陸観光客で活気、10倍の客足見込む

 台湾では馬英九総統が誕生し、8年ぶりに対中融和路線の国民党が政権に返り咲いた。馬総統は就任演説で経済を中国に「開放する」と言明、1999年から中断している中台対話の再開に向け動いている。中国側も経済統合優先の「祖国統一」戦略に舵(かじ)を切り、馬総統が掲げる中台直行便の実現や台湾への中国人観光客受け入れにも応じる姿勢だ。こうした急速な対中接近で台湾では「大陸に呑(の)み込まれる」との警戒感も強い。劇的に変わる中台貿易の最前線、福建省アモイで行われている小規模な三通(中台直接の交通、通商、通信)実験の現状を探った。
(中国福建省アモイ・深川耕治、写真も)

 五輪に沸く海岸線、結婚写真ブーム

 中国の四川省大地震が発生した08年5月12日午後、北京五輪の聖火は、台湾が実効支配する小金門島と海でわずか3.5キロほど隔てた福建省の港湾都市・アモイ(中国名・厦門)の海岸線を聖火ランナーの手にしっかりと握られ、快走していた。走者の一人は台商(台湾人ビジネスマン)。群衆が多く、「人だかりで聖火を見ることすらできなかった」(アモイ市民)ほどだ。

アモイ市大学路沿いの浜辺で新婚記念写真を撮影する福州の新郎新婦。海上には小金門島が肉眼ではっきり見える距離だ=深川耕治撮影
 この美しい海岸線は、いつもはビーチで何組もの新郎新婦がウェディング姿で往来し、新婚記念写真の撮影で騒がしい。記念写真撮影事業を全国展開し、今年五月、アモイと福州に新店舗をオープンさせたビジョンフォト(V2)の張大光社長は「馬英九総統が誕生すれば両岸(中台)は政治も経済も安定して平和になる。10年、20年前と違い、戦争なんか起こるわけないし、金門列島が見える風光明媚なアモイはその象徴としてハネムーンや旅行記念写真撮影がもっと増える」と鼻息が荒い。

 アモイ島南東の海岸線にある国内観光客用の名所、アモイ台湾民族村には「北京五輪ガンバレ」の大段幕がかかり、民族舞踊を披露する台湾の高山族(高砂族=台湾先住民)は「両岸が一致団結して五輪を迎えるのは同胞として待ちに待っていた祭典」と声も弾む。

 周辺のビーチにはところどころに砲台跡があり、台湾領の大担島、二担島が間近で見える。1953年、58年、60年の三度にわたる中国人民解放軍と台湾国民党軍の間で展開した砲撃戦の爪跡だが、パラセーリングや海水浴を楽しむ観光客の姿には軍事的緊張感など感じられない。

大嶝島(アモイ市翔安区)にある免税区「アモイ大嶝対台湾小額貿易市場」内に昨年5月オープンした台湾生活館=深川耕治撮影
 台湾国防部(国防省)は五月、今年の国防白書で中国が台湾の対岸にあたる南京軍区と広州軍区に合計千三百基超の短距離弾道ミサイルと巡航ミサイルを配備していると指摘しているが、台湾と最も近接するアモイ海岸部は「非戦似戦(戦闘状態に近い状態)」の例外エリアに見える。

 アモイ市中心部から車で一時間半。それを象徴するかのようにアモイ郊外の大嶝島(だいとうとう=アモイ市翔安区)にはミニ三通(地域限定の中台の交通、通商、通信の直接往来)の実験場である「大嶝島小額貿易対台交易市場」がある。台湾が李登輝政権時代末期であった1999年5月、中台双方が合意してアモイ郊外のこの場所に小三通の実験モデルとなる中台小額貿易の市場(426店のうち台湾業者は125店)を開いた。

 順調な対話再開、波乱を懸念

大嶝島(アモイ市翔安区)にある免税区内に昨年5月オープンした台湾生活館。連日大量の食材や電気製品が搬入される=深川耕治撮影
 営業開始して1ヶ月間もない1999年6月、記者(深川)も現場を訪れたが、閑古鳥状態。中国側出展者が平気で偽造品を売り、品数も少なく通常より割高だった。開店当初は大挙して訪れていた台湾人観光客も「魅力的商品がない」と客足が激減。半数以上がシャッターを閉め、開店休業状態で、店先では店員がトランプや麻雀をして暇を持て余す有様だった。それが今では店舗数約400は変わらず、ほぼ全店舗が営業し、活気に満ちている。

 理由は、同エリア内に07年5月1日、3000平方メートルの敷地を使って台湾各地の物産、電気製品、生活必需品を免税で扱う国内最大規模の台湾生活館がオープンしたからだ。国内観光客が各地からツアーを組んで土産物目当てにかけつける。「館がオープンして平日で1日平均700〜800人、週末は1200人来場している。三通が解禁すればもっと増えるだろうが、台湾の新政権と中国政府は腹の探り合いで理想通りになるか、正直心配」と泉州出身の店員は胸の内を明かす。

 台湾生活館は中国国務院台湾弁公室が正式に許可した台湾物産を免税売買する国内最大規模のエリア。台旺企業系列のアモイ茗雨軒貿易有限公司が台湾生活館を管理している。

 同公司の陳福社長(32)は福州出身。華僑が学ぶアモイの集美大学を卒業後、アモイで起業し、仕事仲間と台湾生活館を立ち上げた。「アモイ市内への旅行客は年間1700万人で近隣の泉州、●(サンズイに章)州を含めれ
「台湾生活館」で台湾・金門島の土産物を売る店員=深川耕治撮影
ば3000万人。三通が解禁されるとの前提で商場規模を10倍にして店舗数を4000軒に増やす準備を進めている」と同社商場部の曹恵清マネージャーは話す。

 海底トンネルで大嶝島と結ぶ

 アモイ市政府はアモイ島から大嶝島までの海底トンネル建設工事を進め、来年九月に開通予定。「アモイ中心部から車で一時間以上かかっていたのが、わずか20分で到着できるようになる。市内観光をした国内客にとって安・近・短(安くて近く、日帰りできる)です」(曹マネージャー)と従来の10倍以上の来場を皮算用している。

 「一つの中国」をめぐる政治問題を棚上げし、中台貿易の急速な拡大で経済的な実利を取りたい観光と貿易の復興こそ、中台貿易の現場での本音だが、経済「開放」による中台急接近は「一旦、政治問題で波乱が起これば経済もしぼむ。両政府の思惑を見極めないと火傷するのはわれわれだ」(●州出身の台湾生活館スタッフ)との不安も渦巻いている。

【台湾の政権交代に伴う中台関係の変化】
馬英九政権 陳水扁政権
中台直行便 08年7月までに週末運航。年内に毎日運航。09年6月前に定期便就航 春節jなどの祝日にチャーター便運航
中国人観光客 全面開放。人数枠は1年目に毎日3000人、4年目に1万人まで拡大 第三国経由などで限定的に開放
中国資本の不動産投資 開放するが、投機的な売買は規制 禁止
台湾企業の対中国投資 適度に開放する 純資産の40%が上限
中国で取得できる学歴 承認する 承認しない
中国人労働者 受け入れない 受け入れない
人民元両替 台湾全土に解禁 一部離島のみで実施

【中国・台湾をめぐる主な動き】
年月 主な動き
1945年8月 日本が無条件降伏
1947年2〜3月 二・二八事件勃発。台湾出身者(本省人)の抗議行動を当局が武力鎮圧
1949年5月 台湾に戒厳令公布
1949年10月 中華人民共和国が成立
1949年12月 中国国民党政権が南京から台北に移転
1971年10月 中国が国連代表権獲得。台湾が国連脱退
1975年4月 蒋介石総統が死去。厳家●(さんずいに金)副総統が総統に昇格
1978年5月 蒋経国が総統に就任
1979年1月 米国が中国と国交正常化、台湾と断交
1987年7月 台湾で戒厳令解除
1988年1月 台湾の蒋経国総統が死去。李登輝副総統が本省人として初めて総統に就任
1993年4月 中台の窓口交流機関代表がシンガポールで初会談
1996年3月 台湾初の総統直接選挙で李登輝氏が当選
1999年7月 李登輝総統が「二国論」を提唱、中台を「特殊な国と国の関係」と発言し、中台対話中断
2000年5月 台湾総統に民進党の陳水扁氏が就任。国民党が下野
2002年8月 陳水扁総統が中台を「一辺一国(それぞれ別の国)」と発言、中国が反発
2005年3月 中国が反国家分裂法を制定 同4月に連戦国民党主席が訪中
2007年9月 北京五輪聖火リレーの台湾通過をめぐる協議が決裂
2008年3月 台湾総統選で国民党の馬英九氏が当選
2008年4月 台湾の蕭万長・次期副総統が中国海南島を訪問。中国の胡錦濤国家主席と会談
2008年5月 台湾総統に馬英九氏が就任。国民党の呉伯雄主席が訪中


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記者の眼

 今回、中台関係についての本格取材をほぼ10年ぶりに行った。

 中台関係をめぐる様々な接点や矛盾は共産党一党独裁の中国、五十年以上続いた開発独裁とも言える台湾の国民党政権の違いと共通点の縮図だ。

 台湾は民主的な選挙で総統を選ぶ民主主義陣営。経済も自由主義経済を謳歌している。

 中国はケ小平の改革開放路線以降、政治は一党独裁の共産主義堅持、経済は資本主義を導入する、いわば、矛盾した政経分離路線を突っ走り、徐々に修正を加えながら現体制を死守する政治体制から一歩も抜け出せない。

 人口2300万人の台湾が人口13億人の巨大覇権国家・中国と対等な経済関係を結ぼうとすれば、中国史の教訓から見れば、巨大な経済圏に小さすぎる経済圏が合併統合される運命から逃れられない。

 小人のような台湾が、大陸国家でなおかつ海洋国家として太平洋諸国を切り崩していこうとする巨人・中国と渡り合うには、島嶼(とうしょ)国家とさらに強く連携する「梃子(てこ)の原理」を利用しながら知略と大胆かつ冷静緻密な判断力、外交交渉力が不可欠なはず。

 少なくとも1999年の李登輝政権末期では、その認識は戒急用忍(急がず忍耐強く)という大陸政策を共通認識としていた国民党内でほぼ一致していた。しかし、国民党が下野し、八年間の冷や飯を食った反動は予想以上に大きい。

 李登輝政権で経済官僚だった江丙坤氏は4月23日、沖縄入りした際、「中台対話が再開され、経済交流が三通解禁へ進んでも台湾は中国に呑み込まれることはない」と堂々と言い放っている。

 これは、李登輝政権時代の江丙坤氏(現・国民党副主席で就任したばかりの台湾の対中民間窓口機関・海峡交流基金会理事長)の発言と正反対の態度。これは非常にリスクの高い危険な賭けに出た国民党の変貌ぶりのように見える。

 馬英九総統は当選公約で台湾の経済成長率を年6%にするとしているが、実際は4%台がせいぜいのところで、中国人観光客の台湾訪問枠拡大やチャーター直行便の就航だけで台湾の景気が確実に潤うという皮算用は甘さが目立つ。

 中国に返還されたマカオが空前のカジノ・バブル景気に沸きながら一方で従来の製造業など伝統産業が地盤沈下して新たな貧富の格差増大を生み出し、地元民の不満が大規模デモに発展している現実も直視すべきである。

 大陸依存に急速に傾くと、観光産業など一部産業だけが潤い、従来の産業が逆に衰退する動きに対し、馬政権はどこまでバランス感覚を保てるのか。

 国民党寄りの台湾紙「聯合報」調査でも、すでに政権発足一ヶ月で支持率は66%から50%に大きく落ち込んでおり、三通解禁で経済が持ち直さなければ不満はさらに高まることになる。

 台湾にとって中国は貿易、投資関係で切っても切れない不可欠な関係になりつつあるが、独自の産業を育て、一方的な中国依存ではなく、日本やフィリピン、インドネシア、シンガポールなどとのFTA(自由貿易協定)を拡大しながら生き残りの道を切り開いていくことも重要だろう。

 今後、予想以上に急速な中台接近が続く場合、中国人観光客の失踪問題や人民元両替をめぐる偽札、マネーロンダリングなどの経済犯罪、偽装結婚問題などが浮上することは不可避。総統選で民進党に投じた440万人以上の有権者からは「大陸(中国)の経済戦略に呑み込まれる」との懸念の声がますます高まり、国民党内の不協和音も生じやすい。

 馬英九総統が党内外の様々な声を取り入れ、あえて中台経済統合のスピードをブレーキ役になって調整できるバランス感覚を保つ手腕があるのか、じっくり見ていく必要がある。(深川耕治記)