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2012年4月6日記


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薄煕来ファミリーの不正調査が鍵 重慶事件
英国人変死で財テク浮き彫りか
団派盛り返し権力闘争激化

 
薄煕来氏(62)が3月15日に重慶市党委書記を解任され、今秋の党大会指導部人事は各派閥の権力闘争が激化している。薄氏の妻で弁護士の谷開来氏がビジネス上、深く関わっていた英国人ビジネスマンのニール・ヘイウッド氏が昨年11月に不審死したことで谷氏も取り調べを受けている。薄氏の息子、薄瓜瓜氏の英国留学にも仲介役となり、薄ファミリーの海外との橋渡し役だった英国人の死の真相が太子党や保守派の勢力衰退にも影響を与えそうだ。(深川耕治=2012年4月6日記)

重慶市党委書記を解任された薄煕来氏(中央)と谷開来夫人(左)、6月にハーバード大学卒業予定の息子・薄瓜瓜氏
 薄煕来氏は故・薄一波元首相の次男。ポスト胡錦涛が確実視される習近平国家副主席と同じ太子党(党幹部子弟)だ。1976年、李丹宇さんと結婚後、長男(李望知)が誕生し、離婚。84年に総政治部副主任だった谷景生氏の娘で弁護士の谷開来氏と再婚し、3年後に息子(薄瓜瓜)が生まれている。

 1988年、大連市に赴任し、90年代に大連市長に就任したころからヘイウッド氏と家族ぐるみで付き合い、谷氏が昴道弁護士事務所を立ち上げて上場企業の法律顧問となって以降、薄氏夫婦の海外企業との橋渡し役を果たし、薄瓜瓜氏が英国の名門校へ留学をする際の仲介役となるなど、家族に深く関わっていた。

 2011年11月、重慶市内のホテルで不審死した英国人ニール・ヘイウッド氏
 ヘイウッド氏(当時41)は重慶市内のホテルで昨年11月、遺体で発見された。地元公安当局は同氏の死因を多量のアルコール摂取(急性アルコール中毒)とし、遺族が遺体を引き取る前に火葬したことで死の真相は藪の中だ。生前、親しかった友人らの話ではヘイウッド氏は酒を飲まないため、「毒殺された可能性が高い」との見方をしている。

 欧米メディアは、今年2月、薄氏の側近で公安局長だった王立軍・同市副市長が成都の米国総領事館に駆け込む事件が発生した原因はヘイウッド氏の変死が関わっているとして薄氏家族とヘイウッド氏のビジネス上の関係を詳報。

 2007年、谷氏は汚職容疑で捜査を受けて以来、周囲の人間関係を疑うようになり、ヘイウッド氏に対しても、死亡する数ヶ月前、妻と離婚して薄家に忠誠を尽くす意思表示をするよう迫り、拒絶すると激怒し、身の危険を感じていた(米紙ウォールストリート・ジャーナル)という。

 薄氏の側近だった王立軍氏は重慶市公安局長だった当時、汚職事件の捜査で谷氏が関わっていることやヘイウッド氏が毒殺されたと報告し、薄氏が憤怒して王氏を公安局長ポストから解任させたことが成都の米国総領事館駆け込み事件の原因となった。

 薄煕来氏が3月15日に重慶市党委書記を解任されたことを報じるフィナンシャル・タイムズ、ニューヨークタイムズなど欧米各紙
 不審死したヘイウッド氏は英ウォーリック大学で国際関係学を学んで卒業後、北京語言大学に留学。90年代に大連に滞在し、中国人の妻との間に双子の娘をもうけ、中国駐在の英国企業の顧問会社を設立してビジネスを展開していた。英国在住時代は英軍情報機関MI6(軍情報部第6課)が創設した戦略ビジネス情報シンクタンクにも勤務した経験があり、谷開来氏がのちに様々な懐疑心を持つ原因になったという。ヘイウッド氏の変死については英国政府も領事館を通じて独自の調査を開始している。
 薄氏のような太子党は親の代からの独自の人脈を駆使し、家族ぐるみで財テクに走るケースが多い。党官僚の中にも息子娘を海外に留学させ、二重パスポートを所持したり、資金を海外に流出させるなど、違法行為も横行している。今秋の党大会で次期最高指導部の人事が決まる過程で権力闘争が激化する中、「唱紅打黒(文化大革命時代の革命歌を集団で歌いながら暴力団を一掃する運動)」の強権的な手法で最高指導部入りを目指していた薄氏が他派閥から突き上げられる材料はそろっていたとも言える。

 香港誌「亜洲週刊」によると、さらに同問題の徹底隠ぺいと保身のため、王立軍前副市長(解任)が習近平国家副主席や呉邦国全国人民代表大会常務委員長、賀国強党中央規律検査委員会書記ら指導部の私的な発言会話を盗聴し、薄氏にも報告していたので、党指導部の逆鱗に触れたことは間違いない。

 香港を訪問した賈慶林全国政治協商会議主席(中央)
 過去、薄氏と酷似した修羅場を乗り越えたケースは賈慶林政治局常務委員(全国政治協商会議主席)だ。アモイ密輸事件で夫人(林幼芳)の関与が取り沙汰されたが、江沢民氏の庇護(ひご)で権力闘争に勝ち残れた。

 しかし、薄煕来氏の場合、重慶市党委書記だった前任者で胡錦涛派である汪洋広東省党委書記の手法を完全否定。暴力団取り締まりは無辜の民まで投獄、重罪にするほどエスカレートし、文化大革命を想起させる大衆を取り込んだ強引な手法には、党最高指導層の大半が反発。党関係者の話によると、胡錦濤国家主席や温家宝首相、次期最高指導者の座を確実にしている習近平国家副主席が薄氏の重慶市党委書記ポストの解任劇を主導した。

 毛沢東の手法を模倣し、反腐敗、反官僚(反官民癒着)、平等をスローガンに大衆の支持を獲得した上で法制や秩序を無視した手法で政敵を打倒しようとした動きが従来の党指導部の改革路線とは水と油の状態で強い反発を招く結果となった。公安・司法を統括する周永康党中央政法委書記は薄氏に近いが、到底かばいきれない事態となり、賈慶林氏のような復活劇は望みようがない。

 重慶市党委書記には江沢民派の張徳江氏が就任し、党指導部で徐々に勢力が拡大する胡錦涛国家主席を筆頭とする団派(共産主義青年団派)、衰退する政治力を温存させたい江沢民派、太子党、弱体化する保守派が入り乱れ、さらに権力闘争は水面下で激化している。

 中国のネット上では解任された薄煕来氏を「民衆の英雄」のように評価する動きが根強く散見されるが、党指導部25人の政治局委員ポストを薄氏が維持できるかも微妙であり、今後、あら探しすれば家族の不正蓄財で権力の座から降ろされかねない太子党の昇進にも暗い影を落としそうだ。