話題の人登場 2012年5月11日記(深川耕治)

   



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中国政府が米国への出国を認めた盲目の人権活動家 陳光誠氏

 
4月22日、山東省臨沂市沂南県にある自宅を脱出し、海外のキリスト教人権団体の支援で北京の米国大使館に保護された時、足の怪我と疲労で立ち上がることすらできなかった。

 人権弾圧を受ける大きなきっかけは05年6月、人工妊娠中絶や不妊手術を強制した山東省臨沂市当局に対して行った集団訴訟。06年に連行され、住民を組織して交通をかく乱させた罪で懲役4年3月の判決を受け、10年9月に出所後も自宅に軟禁され、当局者から暴行を受けるなど迫害を受け続けていた。

 6年以上にわたって拘束・服役・軟禁のが続いたため、当時は家族や親族が公安当局から弾圧されることを恐れて政治亡命は考えず、米中間の激しいやりとりの後の「手打ち」で中国側は留学という形での出国を容認で決着した。

 中国政府の発表の直前、「米ニューヨーク大学の招待があったので、米国で数カ月間休息したい」との声明を出し、妻子も同行する見込みであることを発表。政治亡命ではなく、米滞在の後、帰国する意向を示唆している。米大使館での保護後、北京市内の病院に入院し、足にギブスを付けた状態で「治るまで約2ヶ月かかる」と話している。

 ニューヨーク大学のジェローム・コーエン教授は本人を同大の米・アジア法律研究所に客員研究員として迎えるとし、すでに本人は渡米に向けた旅券申請手続き申請を終え、中国政府の対応を待つのみだ。

 1971年11月12日、中国山東省臨沂(りんぎ)市東師古村生まれ。乳児の頃、高熱で失明。98年に青島市盲学校を卒業後、南京中医薬大学で鍼術と按摩を学び、01年に卒業。大学在学中に独学で法律を学び、00年、郷里の製紙工場の水質汚染に反対する嘆願を行い、成功させた。06年、米タイム誌の「世界をつくる100人」に選ばれ、07年にはアジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞。外国語教師だった袁偉静夫人との間に一男一女。40歳。




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