中国関連記事 特選

2009年3月3日記 最新中国株情報 WINTRADE


  • 見出し一覧(戻る)
  • 香港情報
  • 台湾情報
  • マカオ情報
  • 中国指導者 WHO'S WHO








弾圧統治で一触即発、自殺式抗議生む チベット動乱50年
現世利益で信仰抑圧、限界も

正月の「沈黙」抗議、読経専念


 
3月10日、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がインドに亡命したチベット動乱から50周年を迎える。3月14日はチベット自治区ラサで昨年発生した大規模暴動から1周年でもあり、中国公安当局はチベット族居住区に治安部隊を大幅増員して厳戒態勢を敷き、緊迫している。一部で発生する自殺式抗議が最終手段として広まれば現世利益ばかり強調する力による信仰弾圧統治では防ぎようのない暴動になりかねない。(深川耕治=09年3月3日記)

◆民族の誇り削ぎ不満噴出、反漢族感情を増幅

 
チベット暦の正月(チベット暦2136年元旦)を迎えた2月25日、四川省や青海省のチベット族自治州で
ダライ・ラマ14世
は大半のチベット族が年明け恒例の漢族と共に行う祝賀行事や祭りの参加を拒否。春節(旧正月=今年は1月26日)同様、僧侶らも読経のみに専念する姿が圧倒的に増えた。中国中央テレビでは連日、チベット暦の正月に祝い事を楽しむチベット族の姿を特集して報道しているが、各地のチベット族は「昨年の弾圧で犠牲になった人々に哀悼の意を表すため、今年の正月は沈黙の抗議を行う」(香港有線テレビの現地報道)との動きが広がったからだ。

 ダライ・ラマ14世は2月24日、亡命政府のあるインド・ダラムサラの新年祝賀声明で「昨年は数百人が弾圧の犠牲になり、数千人が拘束された。(犠牲者を悼み)チベット人が新年を祝わない決意を讃える」と述べ、「北京当局が最近、チベット統制を強化している目的はチベット人に残酷な弾圧を加えて煽り、反抗すれば武力弾圧するためだ。彼らの挑発に乗らず、忍耐して非暴力の原則を守ろう」と呼びかけた。

 今年1月初め、ダラムサラに拠点を置く独立派組織「チベット青年大会」が「今
中国軍が1951年以降、チベット全土に進駐し、中国軍兵士がチベット人を監督指導している姿。「宗教はアヘン」と断罪する当時の中国共産党のチベット統治政策は1959年のチベット動乱につながった
年の正月は『大黒年(喪中の年)』であり、祝賀活動を放棄しよう」と呼びかけ、これに中国内のチベット族も呼応した形だ。「正月は一家団欒の祝日だが、今年は祈祷日に変更する。中国統治下で昨年死亡したり、苦難を受けた人々を紀念するためでチベット社会全体として行うのは初めての試み」(亡命政府報道官)という。チベットでは身内が前年に死亡した場合、新年の正月は祝わない慣習があるが、昨年3月14日のラサ暴動で死者18人、負傷者384人(中国政府公表=実際はその数倍から数十倍と推定されている)を出したことが、身内の死と直結するほど重大な意味合いがあると受け止めているのだ。

 2月後半からチベット日報では「民主改革50年」と題して100万人の農奴が解放され、総生産額が65倍に達した経済実績を繰り返し宣伝。3月2日、中国国務院新聞弁公室は「チベット民主改革50年」と題する白書を発表、ダライ・ラマ14世を「封建農奴制の総代表」と敵視し、動乱以前のチベットを「封建農奴制の暗黒社会」と強調している。中国政府は今年1月、チベット動乱を制圧して統治権確立を宣言した1959年3月28日を記念して毎年3月28日を「農奴解放記念日」として祝うよう制定。ダライ・ラマの写真所持すら禁ずるチベット族への宗教弾圧、文化大革命時代の寺院破壊などには一切触れず、内外のチベット人の感情をさらに逆撫でしている。

◆暴動恐れ厳戒、民族融和と逆行

 2月以降、軍や武装警察の治安部隊がチベット自治区だけでなく、四川、青海、甘粛省のチベット族居住区へ大量動員された。2月19日、公安省の張新楓次官を筆頭とする特別チームがラサ入りし、チベット仏教ゲルク派の三大寺院の一つであるデプン寺で消防対策訓練を視察。表向きは消防対策だが、実際は「昨年3月のラサ暴動の発端となった同寺僧侶らのデモの苦い教訓から寺院内の秩序引き締めを強化することが目的」(香港紙「星島日報」2月25日付)だった。

 情報統制も厳しさを増す。中国政府は海外メディアによるチベット自治区への自由取材を禁じ、青海、四川、甘粛各省のチベット族居住区立ち入りも厳しく制限している。2月28日には劉結一外相補佐ら中国外務省幹部がネパール入りし、ネパールと関連するチベット問題を集中協議。ラサ市内の複数の旅行社社員の話では2月19日から4月1日までの期間、チベット自治区への外国人団体旅行客の受け入れを一時停止することが決まったという。BBC中国語ニュースサイトも中国当局が2月末から3月末まで外国人旅行客のチベット自治区入境を一時禁止したと報じている。

3月に入り、北京の地下鉄ではテロを警戒して爆弾物のチェックを強化。北京五輪期間のような異様な警備態勢となっている=中国内のウェブサイトより
 米国系の自由アジア放送によると、2月15日、四川省甘孜チベット族自治州理塘県でチベット族400人が信仰の自由を求めてデモ行進し、警官隊と衝突。少なくとも21人が逮捕された。2月25日、青海省貴南県では僧侶約100人が平和的デモを行い、当局に強制解散させられた。

 2月27日、四川省アバ・チベット族チャン族自治州アバ県にあるチベット仏教寺院キルティ・ゴンパ(格爾登寺)で法要を行おうとして拒絶させられたことに不満を抱いた男性ラマ僧(24)一人が寺院を飛び出してガソリンをかぶり、焼身自殺を図って抗議した。

 AFP通信が伝える現地住民女性の話では焼身自殺を図った際、「間違いなく警官が男性に発砲した」と証言。チベット独立支援団体の目撃者情報では警官が自殺を図った僧に3発の銃弾を浴びせ、少なくとも1発は命中したとしているが、中国当局は「でっち上げだ」と完全否定している。AP通信などによると、3月1日、法要中止に不満を抱いた同寺院の僧侶600人は寺を出て街頭でデモ行進し、警官隊400人が制止して引き返し、自然解散。寺院は警官隊によって封鎖されている。

 これとは別に全国人民代表大会(全人代=国会)の3月5日開幕に合わせ、地方農民の直訴者が北京市政府前での割腹自殺抗議(2月23日)を図り、ウイグル族による北京市内での焼身自殺抗議(2月25日)も発生。九九年後半から徹底弾圧された気功集団・法輪功が各地で焼身自殺による抗議を繰り返したように、自爆テロや自殺型抗議で命を捨てても中国政府と闘う暴動の火種がいつ大きく引火するか、不測の事態にある。

 チベット自治区では僧侶への愛国教育を強化し、政府が活仏選定にさえ介入。軍や警官大量動員による監視統制でチベット人社会を巧妙に孤立化させ、教育、医療、インフラ整備で現世利益ばかりを推し進めても、チベット族の反漢族感情を増幅させるだけで中国共産党が目指す民族融和とは程遠い一触即発の状態が続いている。

【チベット動乱とチベット問題】
 中華人民共和国が1949年10月に建国され、1951年、中国軍はチベット・ラサに進駐し、チベット族側は反発して抵抗運動を展開。1940年に即位したダライ・ラマ14世を崇拝する農奴主らを含めたチベット人ら約2万人が1959年3月10日に武装蜂起したが中国軍に鎮圧された。ダライ・ラマ14世は苦渋の選択の末、インドに亡命し、同国北部ダラムサラに亡命政府を樹立。中国政府はチベットの農奴制廃止や土地改革を行い、1965年にはチベット自治区が成立した。
 だが、その後も漢族支配による宗教抑圧政策が強化され、独立運動が頻発。胡錦濤国家主席が同自治区トップだった1989年には区都ラサに戒厳令が敷かれ、チベット族の反漢族感情は増すばかりだ。デモや暴動が続発し、北京五輪を控えた2008年3月14日、ラサ暴動が発生。宗教弾圧に抗議するラサのラマ僧(チベット仏教の修道僧)や住民らがデモを展開し、チベット自治区周辺の四川、甘粛、青海各省のチベット族居住区にも波及し、武装警察や軍との衝突で多数の死傷者、逮捕者が出て国際社会の批判を浴びた。ラサ暴動直後に始まった北京五輪の聖火リレーは世界各地で抗議や妨害を受け、チベットの実情に関心が集まった。その後、国際批判をかわしたい中国共産党がダライ・ラマ側代表と三回にわたって協議したが、平行線のまま相互不信を深めただけだった。


【チベットをめぐる主な動き】
7世紀   チベットに統一王朝「吐蕃(とばん)」が成立
17世紀  ダライ・ラマ5世が政教一致体制を確立
1940年 ダライ・ラマ14世が即位
1949年 中華人民共和国が成立
1951年 中国軍がチベット全土に進駐(中国共産党は「チベット解放」と表現)
1959年 3月、チベット動乱が発生。ダライ・ラマ14世がインド亡命
1960年 ダライ・ラマ、インド北部のダラムサラに亡命政府樹立
1965年 9月、中国でチベット自治区が成立
1966年 文化大革命(〜76年)でチベットの寺院破壊が激化
1988年 ダライ・ラマ14世が独立から高度な自治要求に方針変更
1989年 1月、チベット仏教指導者パンチェン・ラマ10世死去
3月、ラサで大規模な暴動発生、戒厳令発令
      12月、ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞受賞
1990年 5月、戒厳令解除
1993年 5月、ラサで暴動
1995年 11月、中国政府がパンチェン・ラマ10世の後継者を決定、亡命政府と対立
2000年 1月、チベット仏教の活物カルマパ17世がインドへ出国
2002年 中国当局とダライ・ラマ特使が協議
2003年 11月、ダライ・ラマ、チベットに「1国2制度」適応を提唱
2006年 7月、チベット−青海省の「青蔵鉄道」が開通
2007年 10月、米議会、ダライ・ラマに勲章授与
2008年 3月、ラサ暴動。四川、青海、甘粛省へ波及
       4月、英仏で北京五輪聖火リレー妨害。中国各地で反仏デモ
       5月、ダライ・ラマ特使と中国側の協議再開
       6月、ラサで聖火リレー▽チベット自治区、外国人受け入れ再開
       7月、ダライ・ラマ特使と中国側が協議
       11月、ダライ・ラマが中国との対話を「失敗」と明言
       10〜11月、ダライ・ラマ特使と中国側、再開後3回目の協議
       11月、亡命チベット人特別会議、中道路線を当面支持
       12月、サルコジ仏大統領がダライ・ラマと会談、中仏関係悪化
2009年 3月10日、チベット動乱から50年
       3月14日、ラサ暴動から1年



 




最新中国株情報 WINTRADE

日本に居ながら、中国IPOを100%ゲットする方法