中国企画記事 特選

2004年12月3日記

大丈夫か?北京五輪開催
交通渋滞、大気汚染…チケット販売も不透明
人権、報道の自由に残る不安
地価高騰で汚職蔓延、失地農民の怒り
前副市長の汚職、氷山の一角
「維権」抗争で不公平是正の動き急


 二〇〇八年八月八日に開幕する北京五輪の準備が、中国の国威発揚と自国の面目をかけて急ピッチで進められている。〇一年七月に開催が決定して以来、五年五ヶ月。北京五輪委員会は「すべて順調に進んでいる」と自賛するが、懸念されている交通渋滞や大気汚染、人権や報道の自由への対応に問題はないのか。北京五輪の問題点を通して中国全体が抱える貧富の格差による社会の歪みが浮き彫りになっている。(深川耕治=06年12月3日記)


 北京市内は、〇七年末完成予定のメーンスタジアム・国家体育場(通称・鳥の巣=九万一千人収容)など十二会場の新設工事、十九会場の改築工事が急ピッチで進む。国家の威信をかけた巨大プロジェクトは、開幕に合わせ、オリンピック村につながる幹線道路、地下鉄も開通し、高速道路やモノレールなどのインフラ整備も着々と進められている。

 一方で、オールド・ペキンの息遣いを残す北京の旧城区に点在する伝統的な住居様式「四合院(東西南北の建物四棟に囲まれた中庭がある伝統家屋)」とその間を通る細い路地の古い横町「胡同(フートン)」が五輪に向けた再開発という名目で次々と撤去されている。

 かつて四千以上あった北京の古い街並みは今年末までに老朽化を理由に累計四百五十万平方メートルが取り壊される予定。北京市内の工事現場は「五輪関連施設を含めて計一億三千万平方メートル」(北京五輪組織委)に及び、世界最大規模の建設工事ラッシュだ。再開発や道路整備は市内各地の大規模な交通渋滞を巻き起こし、北京の大気汚染も一朝一夕に解決できない難題となっている。

 北京市政府は胡同の一部を歴史文化保護地区に指定し、海外観光客を目当てにした観光資源として“保護”開発。ごく一部の四合院は住民を立ち退かせた後、修復して富裕層に高値で転売する不動産ビジネスも出てきている。撤去後、大半は高級マンションやオフィスビルになり、元住民が利用することなどないのが実情だ。

 北京市では今年六月十一日、劉志華前副市長が「生活の腐敗と堕落」を理由に突然解任された。捜査の手は北京の大手不動産会社「首都創業集団」の劉暁光社長、金●(森の木の位置に金)・北京五輪プロジェクト副指揮に及び、党中央規律検査委員会から取り調べを受け、激震が走った。

 五輪施設周辺の土地競売をめぐる不正疑惑が浮上したことで北京五輪組織委は八月、五輪開催準備で汚職を行わないとする異例ともいえる誓約書(汚職が発覚した場合、各部長が刑事責任を問われる)に署名。劉志華前副市長を切り捨てることで、中国政府は北京五輪への清新なイメージを修復しようと必死だ。

 劉前副市長は江沢民派に連なる上海閥の賈慶林全国政治協商会議主席(政治局常務委員=党序列四位)との関わりが深く、賈氏が北京市トップの北京市党委書記時代、劉氏は北京市政府秘書長、副市長を歴任し、都市管理や工商行政などの利権を掌握していた人物。賈氏夫婦は福建省港湾都市・アモイを舞台にしたアモイ巨大密輸事件にも関与している疑惑が同事件主犯の頼昌星容疑者(カナダに逃亡して法廷闘争中)からも暴露され、来秋の第十七回党大会では引退が確実視されている。

 北京五輪をめぐる党幹部の汚職は氷山の一角。地方では土地開発をめぐる地方政府幹部の汚職が蔓延し、都市開発業者と結託して農地買収を行い、近代オフィスビルや高級マンションにして地価高騰による巨額収益を不動産業者と山分けしている。最大の犠牲者である「失地農民(都市開発の名目で土地を奪われた農民)」が地方政府に命がけで抗議する事件が連日発生しても地元警察当局がデモを封じ込める構図が続く。広東省では昨年五月、南海市で警察隊と地元住民が土地収用の不正をめぐり衝突。今年に入っても中山市、深セン(土ヘンに川)市、仏山市で同様の事件が発生している。

 中国政府は温家宝首相が推進する乱開発抑止のための地価高騰抑制策に批判的だった上海市トップ、陳良宇・市党委書記を上海の社会保険基金不正流用汚職容疑で九月に解任。陳良宇氏は江沢民派で黄菊副首相の後継として上海市トップの上海市党委書記となり、同事件捜査が進むにつれ、芋づる式に上海市幹部や上海不動産業界を牛耳る財界人ら五十人以上が拘束されている。江沢民前国家主席に連なる上海閥の弱体化を図る胡錦濤国家主席にとって陳良宇氏や劉前北京副市長のような上海閥にターゲットを絞った汚職あぶり出しは、自身の足場固めにとって「渡りに船」という展開だ。

 今年九月、北京各紙は北京市政府当局者の話として「五輪期間中、出稼ぎ農民百万人を強制排除」との見出しで地方から北京に出稼ぎに来ている農民(民工)を強制的に帰省させ、無許可で居住する地方出身者やホームレスを排除する立法措置を検討していると一斉に報じた。だか、北京市政府は全面否定し、新華社を通じて「民工排斥計画はない」との談話を発表。人権問題に厳しい視線を集める欧米メディアの報道を懸念してあわてて打ち消しを図ったものと見られている。

 十月に入ると、官僚腐敗などを当局に直訴するために地方農民らが集まる北京の通称「直訴村」の野宿者が公安当局によって大量に拘束された。党幹部汚職や失業、貧富の格差拡大に伴い、直訴目的の野宿者は急増して数千人にまで膨れ上がり、スラム化してしまった。彼らの多くは失地農民。中国内ではここ数年、各機関への陳情は年間一千万件近くに上り、ついに胡錦濤政権は直訴村を許可してガス抜きに使おうとした。だが、当局は問題の根本解決に取り組むよりもむしろ、重要な党大会の開幕が迫るなど都合が悪くなると逆に直訴村の摘発を強化している。
 十一月十一日、北京市内の北京動物園前で狂犬病予防を名目にした犬の一斉取締りに反対する愛犬家たち約二千人が、飼い犬でも該当すれば即刻捕獲処分されることへの反対デモを起こした。これは昨春、北京で起きた大規模な反日デモ以来、最大規模のデモ。

 空前のペットブームに沸く北京は、飼い犬の登録(強制義務で有料)数が十月末現在、累計五十五万匹を超えて前年末より二〇パーセント増だ。大型犬を飼うことが禁止されている市街地で隠れて飼ったり、狂犬病ワクチン予防注射をしていない犬が放し飼いされるなど、狂犬病発症や犬の糞便処理、鳴き声などのトラブル「狗患」(中国語)が社会問題化している。登録犬であろうと、身長三五センチ以上であれば大型犬と見なされて否応なしに市当局者が強制収容し、処分されるケースが増え、同デモは愛犬家が「犬の生存権」を訴えて抗議したケースだ。今年八月、雲南省牟定県では県内五万匹の犬が狂犬病対策で屠(と)殺処分されるなど、過激化している。

 中国全土では北京で起こったペットの権利だけでなく、教育権、医療権、生存権など法律上は認められても政治的に禁止される理不尽な弱者の境遇に異議を求める「維権」抗争活動が農民を中心に急増している。中国総人口の四分の三を占める農民が、失地農民になったり、出稼ぎ農民として都市部での生活権に厳しい規制がかかるなど都市開発の犠牲者として排斥されているからだ。こうして見ると、北京五輪をめぐる問題点は、政治は一党独裁、経済は資本主義導入という矛盾が中国全土で蔓延する貧富の格差拡大による社会の歪みとして浮き彫りになって反映された実情といえる。

 北京五輪組織委員会は十一月二十九日、開会式や各競技の入場券価格をようやく発表。チケット総数七百万枚のうち五八%は百元(千五百円)以下に設定し、約八割が中国国内で発売するとしているが、発売時期や発売方法については公表されず、混乱も予想される。 中国政府は一日、北京五輪とその準備期間中の外国人記者の中国での取材活動に関する規定を定めた政令を発表。来年一月から〇八年十月十七日までの期間、取材を受ける個人や団体の同意があれば地元当局の許可は不要との内容になっており、現状よりかなり自由な内容に変わる。外国メディアへの締め付けを一時的に緩和させる姿勢だが、五輪報道でどこまで「報道の自由」が保障されるのか不安はまだ根強い。

 一方、北京五輪直前の〇八年三月には台湾で総統選挙が行われ、中国とは違う台湾人のための独立国づくりを目指す与党・民進党と中国詣でを繰り返す野党陣営(国民党、親民党、新党)が一騎打ちとなる様相。台湾海峡をめぐる中台の軍拡競争も軍事的不安定要因として日本にとっては北朝鮮核問題に次ぐ懸念材料だ。

 香港政治専門誌「前哨」の劉達文編集長は本紙とのインタビューで北京五輪の問題点について「水質汚濁と大気汚染などの環境問題、台湾問題、法輪功や民主活動家弾圧などの人権問題が三大課題」と断じ、「環境五輪には程遠いがハード面では実施可能だろう」と見通している。