台湾企画記事
2004年10月11日記

「台湾独自の憲法制定を」 李登輝元総統
日台専門家シンポで演説 「中華民国=台湾」は欺瞞
国家正常化でアジア安定望む
 台湾の李登輝元総統は10月11日、台北市内で開かれた自ら代表を務める政策シンクタンク「群策会」主催のシンポジウムで講演=写真=し、十日の双十節国慶祝賀大会で陳水扁総統が「中華民国は台湾であり、台湾は中華民国」と話したことを「自己欺瞞であり、台湾人民の尊厳や国際的支持を得られない」と批評、現行の中華民国憲法が台湾の実情にそぐわないとした上で「台湾独自の新たな憲法制定到来の時機が熟した」と呼びかけた。

 李元総統は一九四六年に中国で制定されたまま台湾で遵守されている「中華民国憲法」が自国の規定領土を中国やモンゴルまで含めながら台湾を除外する、現実と符号しない内容であり続けることが「台湾を中国の一部と主張する中国側の法的根拠となり、台湾に大きな危機をもたらしている」として新憲法制定の論拠を説明。

 また、一九一二年に誕生した「中華民国」について「四九年に蒋介石政権が内戦に敗れて台湾に駆逐された時点で滅亡した」とし、七一年に国連で中華民国の代表権が中華人民共和国に継承されたことで法的にも消滅した、との認識の上で「台湾人民を騙せても国際社会から認められず、中国による侵略脅威にさらされ続けている」として台湾独自の新憲法制定がアジアの平和と安定に急務であることを強調した。

 陳総統が「中華民国は台湾であり、台湾は中華民国」と演説したことについては「自己欺瞞であり、人を騙してはいけない」と厳しく批判しつつも「中華民国は台湾(の中)に存在する」との陳総統の主張について「(陳総統の)困難を理解する」、「こういう言い回ししか方法がない」と擁護する一幕もあった。

 ただ、陳総統が十日の演説で九二年の中台当局者による香港会談を基礎として両岸(中台)対話再開を呼びかけたことについて、当時現職の台湾総統の立場にあった李氏は「香港会談で『一つの中国』各自解釈は合意されていない。認めれば(中国が主張する)『一つの中国』政策を受け入れることになる」と陳総統の認識をきっぱり否定した。

 また、李氏は「覇権体質のまま領土拡大の野心を抱く中国こそアジアの不安定要因。台湾を守らなければ、中国は沖縄や韓国、北朝鮮、日本まで自国の領土にしかねない」と警告。台湾が国家正常化を進めてアジアの長期的安定を保持するために新たな憲法を二〇〇七年より前に制定することの重要性を訴えた。

 同シンポは「日台両国の憲法制定とアジアの安定」をテーマに日本から勝田吉太郎京都大学名誉教授や平松茂雄杏林大学教授、台湾側から黄昭堂総統府国策顧問や許慶雄台湾淡江大学教授ら憲法制定に詳しい専門家らが出席。日本の国会議員も参加し、自民党から小林興起衆議院議員ら三人、民主党から中津川博郷衆議院議員ら四人が意見交換。「日台は運命共同体。台湾は米国に新憲法制定に対する宣伝活動を強化すべきだ」(勝田教授)、「日本が先に憲法改正するか、台湾が先に新憲法を制定するか、競争しましょう」(黄国策顧問)など、活発な意見が飛び交った。(04年10月11日記、台北で、深川耕治、写真も)
李登輝元総統の講演全文掲載

講演タイトル「台湾の憲法制定はアジア安全保障の礎になる」
                    李登輝前総統
10月11日十時台北圓山大飯店「日台憲法安保会議」基調講演


日本から、あるいは台湾各地からお越しいただいた皆様、お早うございます。

 皆様とお会いできたことを嬉しく思います。また本日、日本の憲法学の権威である勝田先生と安全保障問題の権威である平松先生が、台湾側の憲法、安保問題の権威である黄昭堂先生、そして許慶雄教授とともに、台日両国の重要問題を語っていただけることを、とても楽しみにしております。また日本各党の国会議員の皆様が、財団法人群策会とともに「台日制憲とアジアの安定」と題するシンポジウムを開かれます。両国で憲法の見直しが求められている今日、これはとても大きな意義があることです。

 私は今年7月初め、民間中心の制憲運動を開始しました。これは台湾で最も重要な問題であり、必ず全国民的な運動に発展することでしょう。これを通じて、全台湾人の力が結集され、台湾の声が国際社会に届くことを心から期待しているところです。私の目標を言えば、2007年以前に台湾新憲法を制定し、台湾を名実ともに正常な国家とすることです。

●なぜ台湾に新憲法が必要なのか

 それではここで、なぜ台湾に新憲法が必要なのかをお話しします。その理由は実に明瞭です。つまり、台湾にはまだ自分たち自身の憲法がないからなのです。現在台湾では「中華民国憲法」がありますが、これは1946年に中国で制定されたもので、当然のことながら、今日の台湾の現状には適合しようがないのです。例えばそれが規定する領土には、何と台湾は入っていないのです。ところが反対にモンゴルや現在の中華人民共和国の領土は入っている訳です。

そしてここで強調したいのは、この現実とまったく符合していない憲法が、現在台湾に相当大きな危機をもたらしているということなのです。つまり中国を領土と規定しているため、それが、台湾が中国の一部であることの法的根拠となり、中国もまたそれを根拠にしながら、「台湾は中国の内政問題だ」と国際社会に宣伝しているのです。

●台湾は中国の武力侵犯の脅威を受けている

 私は中華民国体制下で、12年間総統を勤めましたが、その間、「中華民国」というものが、すでにまったく存在しないということ痛感していました。つまり自国民は騙せても、国際社会では一切通用しないという、いわば「裸の王さま」のようなものが、「中華民国」だということです。

  台湾は本当に中華民国の領土なのか。中華民国は1912年、大清帝国を継承する形で誕生しましたが、当時台湾はすでに日本の領土になっていました。1945年、蒋介石は台湾を占領しました。しかしそれは連合軍司令官マッカーサー元帥の第一号命令に従った戦後の軍事占領であり、国際法上の領土の移転を意味するものではありませんでした。つまり台湾に関する主権を、中華民国が取得したわけではなかったのです。1946年、中華民国憲法が制定されましたが、台湾はこの時点ですら、中華民国の領土ではなかったことは明らかなのです。

 1949年、「中華民国」は内戦に敗れ、蒋介石政権は台湾へと駆逐されました。その後も台湾で「中華民国」の看板は掲げられましたが、「中華民国」がすでに滅亡していたことは否定しようがありません。1971年には国連でも、「中華民国」の代表権が中華人民共和国に継承され、「中華民国」は法的にも消滅されたのだ。

 主権在民の原則に基づき、人民には自分たちの憲法を制定する権利があります。ですから台湾の憲法を考える上で重要なのは、その内容だけではないのです。それが、台湾人民が自ら制定したものであるかどうかが問題なのです。もしそうでないのなら、憲法の正当性や合法性は否定されなければなりません。

ところが「中華民国憲法」の亡霊は未だに台湾人民にのし掛かっています。そしてそのことが、台湾の国際社会への復帰にとって大きな障害になっているのです。またそれだけではありません。それがあるために台湾は、中国の侵略の脅威に曝され続けているのです。

台湾人民が今後も「中華民国」体制を存続させるなら、国際社会からは見放され、台湾海峡の不安定な状態が解消されることはないでしょう。 そこで急務となるのが、新憲法の制定なのです。これは単に台湾の国家正常化のためだけではありません。いわば自分に対する、子孫に対する、ひいてはアジア全体に対する、台湾人民の義務だと言えるのです。よく「現状維持」と言いますが、それは現実から逃避するというだけのことであり、アジアの平和と安定に対しては、極めて無責任な考え方なのです。

●中国はアジアの危機の根源

 アジアの安全保障にとって最大の障害は、もちろん台湾ではなく、中国です。ここで言う「中国」とは、実質的に存在しない虚像である「中華民国」と実際に存在している中華人民共和国のことを意味しています。中華人民共和国の軍備拡張と、台湾に対する領土的野心がある限り、アジアから動乱の危機が消え去ることはありませんが、その中国に台湾侵攻の口実を与えているのが、「中華民国憲法」である訳です。この憲法が、モンゴルと中華人民共和国を自国の領土だと規定することは、中国の内戦はいまだ終結していないと言っているのに等しいのです。

 言うまでもなく中国は、台湾を主権独立国家だと認めません。そればかりか国際社会でも、台湾を支持しないよう、たえず各国に圧力をかけていることは周知の通りです。この国の台湾への脅迫文句は当初、「台湾が独立すれば、即戦争だ」というものでしたが、2000年発表の「台湾白書」以降は、「台湾が統一を拒絶すれば、即戦争だ」に変わっています。簡単にいえば、「投降しなければ攻撃するぞ」ということなのです。もちろんこうした中国の横暴な態度は、国際社会でも非常に反感が持たれていますが、しかし法理から言うなら、台湾にも十分問題があるのです。つまり「一つの中国」を掲げる「中華民国」体制を放棄しないため、台湾問題が中国の内政問題であると黙認しているものと思われるのは当然なのです。それが国際社会を混乱させています。そのため、武力を振りかざして台湾を脅迫する中国には自制を求めず、逆に被害者である台湾に、中国を刺激しないよう求める傾向が出てきてしまうのです。

 それにしても、民主と自由を追求する小国台湾に対し、独裁強権国家である中国の恫喝に屈服しろ、と要求するのは、実におかしなことです。それはあたかも、善良な小市民に対し、「強盗の要求に素直に従え」と言っているのとまったく同じです。しかしこのような妥協的態度は、何の役にも立ちません。ただ中国の野心を助長するだけで、アジア全体にとって危険この上ないことなのです。 第二次世界大戦前、イギリスのチェンバレン首相は宥和政策でヒトラーと妥協したため、かえって戦争を引き起こしてしまいました。このような歴史的教訓を忘れてはならないのです。

 人によっては、台湾の新憲法制定は中国との戦争を引き起こすといいます。しかし実際には、中国の台湾への領土的野心は、台湾内部がどうであろうと、絶対に変わるものではないのです。「中華民国」体制は法理上の「一つの中国」体制であり、それを維持することこそ、中国の台湾侵略に正当性を与えるのものであり、台湾海峡における最大の危機的要素となっているのです。

 中国は、武力の恫喝で台湾の新憲法制定を阻止しようと考えていますが、このような姿勢は何も最近始まったものではありません。1996年の最初の総統直接選挙のときも、中国はミサイル演習で、私の当選を阻止しようと試みましたが、かえって逆効果となりました。2000年の総統選挙でも、朱鎔基総理は戦争の可能性を示唆して、陳水扁氏の当選を妨害しようとしましたが、その結果どうなったかは、皆さんのご存知の通りです。 台湾で総統の直接選挙が行われて以来、当選者はすべて中国が最も望まない人物ばかりでした。そして選挙の都度、台湾の主体意識も高まりをみせ、人々の民主化を推進する勇気と決意は、世界からも称賛されてきました。

 何度も強調しますが、アジアの不安定要素は台湾でなく、中国の覇権体質や領土的野心であるのです。万が一、中国が台湾を占領すれば、それは東アジアで最も重要な戦略的要衝を獲得したこととなり、日本の命綱であるシーレーンも、完全に中国の扼するところとなってしまうのです。その時の中国は尖閣列島などの領土問題を理由に、直接日本に挑戦する可能性が高いのです。もしそうなれば、日中というアジアの大国同士の衝突も不可避となり、アジアにさらに大きな災難をもたらすこととなるでしょう。

●台湾の国家正常化がなければアジアの長期的安定は望めない
 このように台湾は、中国の膨張を防ぐための最重要拠点なのです。だからこそ台湾は、中国からつねに圧力を受けているのです。台湾が今後も中国から切り離された状態を維持するためには、もはや新憲法制定で法理上の正常国家となる以外にないのです。そうすることで、本当の意味での現状維持というものが可能になるのです。 台湾が安泰であることは、それだけでアジアの平和と安定に貢献することになります。しかし残念ながら、台湾の内部自体に不安定さがあるのです。その最大の問題は、国家アイデンティティがまだ不明確な部分があることですが、その次には、政治制度の問題があるのです。

 現行の「中華民国憲法」が規定する「五権分立」の制度は、大統領制でも内閣制でもなく、権力と責任の均衡がまったくとれていません。こうしたことが、政治の正常な運営を妨げ、台湾内部の不安定要素となっているのです。そこで私は総統在任中の1991年から、6回にわたって憲法の修正を行ないました。しかしご存知の通り、問題は一切解決できませんでした。そもそも「中華民国憲法」自体が、現状にそぐわない不合理かつ不合法のものだからで、そのようなものをいくら修正しても意味がないのです。それよりも主権在民の原則に従い、台湾人民の権利に基づき、新憲法を制定するしかないのです。

「五権憲法」は「三権憲法」に改め、内閣制か大統領制かを明確にし、曖昧な点をすべてはっきりさせればいいのです。また当然のことながら、国家の領土も、中国やモンゴルなどを除外して、現在の統治地域だけに限定しなければなりません。そして国名も必ず「台湾」とし、二度と「中華民国」としてはなりません。国際社会で「中華民国」は「レパブリック・オブ・チャイナ」、つまり「チャイナ共和国」と直訳される訳ですが、誰がここから台湾を連想できるのでしょうか。これまで私たちは「中華民国が台湾だ」「台湾が中華民国だ」などと「台湾」を強調してきましたが、いくらそう叫んでも、自他を欺くだけなのです。台湾人民がこのような不誠実な態度である限り、国際社会からは尊敬もされなければ支持もされないことでしょう。

 台日両国はアジアで最も民主的な国家です。ともに人権、平和重視の価値観を共有しています。また、ともに海洋国家であり、実に多くの点で利害が一致しています。ですから両国は、共同で東アジア地域の平和と安定を守る必要があるのです。しかし残念ながら、現在は、そのような協力関係を築くことができません。その最大の原因は、やはりそれぞれの憲法にあるのです。 私は一台湾人として、アジアの安全保障に対する台湾の義務を、いかに果たすべきかを深刻に考えております。そして台湾の憲法制定こそが、その義務を行なうための最初の一歩であると確信しているのです。 台日両国がともに手と手を携え、平和のために努力して行くことができればと願っております。

最後にシンポジウムのご盛会をお祈りいたします。ありがとうございました。