話題の人登場

2006年6月8日記(深川耕治)

台湾野党、国民党の台北市長候補に決まった●龍斌氏

 
五月二十七日、台湾の最大野党・国民党は十二月九日に投開票される台北市長選に向けて党内予備選挙を行い、世論調査と党員投票結果を総合した結果、対立候補の丁守中氏を抑えて勝利した。

 最有力とみられていた馬英九台北市長(国民党主席)の腹心、葉金川・元台北市副市長が五月初めに立候補を辞退、候補者は●氏と丁氏の二人に絞られていた。党員投票では丁氏が約四千三百票差で勝ったが、各種世論調査では●氏が圧倒的な支持率を示し、党内支持基盤よりも党外での人気が高いことで最終的な国民党の台北市長候補に躍り出た。

 行政院長や中華民国国軍参謀総長を歴任した●柏村氏(86)の長男。父は軍人になることを望んだが、本人は医学や農業に関心が高く、学者の道を選んだ。一九九三年、父親の●柏村行政院長(当時)が陽明山中山楼で民進党の立法委員(国会議員)団に取り囲まれて辞任を迫られた時、「中華民国万歳」と大声で叫ぶ姿をテレビ報道で見て衝撃を受け、政治家になることを決意。腐敗を嫌い、国民党を脱党して新党に入党する際、父は猛反対だった。二〇〇一年三月には陳水扁総統の招請で行政院環境保護署長に就任した。

 中学時代、一時、中南部の嘉義市に転校して友人の話す台湾語を聞き取るようになり、現在も話す努力を続ける。父が外省人(戦後、台湾に移り住んだ人々)だけに省籍問題で攻撃されやすいが「台湾で生まれ育ったので台湾人ではないか」と省籍問題には過敏に反応する。中台統一派の父とは統一支持以外は意見が合わず、偉大な軍人である父に反逆しながら自身のアイデンティティーを求道する生き方は馬英九氏と大きく違う部分だ。

 七五年、台湾大学農業化学学科卒業後、米マサチューセッツ州立大学に留学し、食品科学技術博士号取得。台湾大学食品科学技術研究所教授、中華民国赤十字プロジェクト顧問などを経て九五年、国民党を脱党し、中台統一推進派で中国寄りの新党に入党。

 九六年に立法委員(国会議員)に初当選し、立法院科学技術協進会長、新党の立法委員団招集人、立法院予算委員会招集委員などを経て〇一年三月、行政院環境保護署長に就任。〇三年十月、同職辞職後、中華民国赤十字会秘書長に就任し、〇六年一月、辞職。同月、国民党へ復党し、五月、国民党の台北市長候補に選ばれる。台北市出身で既婚、五十三歳。

●=「赤」の右に「おおざと」