香港企画記事速報
2004年6月30日記

「1国2制度」への疑念強まる 中国返還7周年の香港
中央政府と民主派、せめぎ合い 米議会、香港政策見直しも
反政府デモで9月選挙躍進へ 民主派
「愛国」盾に和解策着々と 中国
 七月一日に中国返還七周年を迎える香港は政治的安定を優先する中央政府と民主化推進を求める香港市民との間で大きな溝が醸成され、中国依存型の経済政策で景気回復の見通しが立たない市民の不満が増幅、溝は埋まりそうにない。一日は昨年同日同様、数十万人規模の反政府デモが準備されており、矛盾をはらむ香港の「一国二制度」が大きく揺らいでいる。(深川耕治=2004年6月30日記=写真も)


2003年7月1日の香港の反政府デモ 「アジアの金融センター」と持てはやされた香港は中国返還後、不運続きだ。九七年七月の返還直後に発生したアジア金融・経済危機は、バブル経済下にあった香港経済を直撃し、輸出の減少、不動産価格の大幅下落、失業の上昇、消費の縮小、さらにはデフレを招き、香港経済を大きく後退させた。その後も、〇一年の米国の同時多発テロの悪影響を受け、〇二年前半は消費・投資が落ち込んで一時、マイナス成長を記録。このころから中国本土依存型の経済政策がさらに加速した。

 〇三年三月、新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)の発生で運輸、観光、ホテル、飲食業をはじめとする香港経済全体に大きな打撃を与え、中国本土が発生源とされるSARSの水際防止不足やその後の対策不備に香港政府首脳が何の苦言も中央政府に呈することができない憤りが大半の香港人の脳裏に刻まれた。香港の最新失業率(三―五月)は、前回調査(二―四月)より〇・一ポイント下落して七・〇%。香港返還直前は三・〇%を切っていたことと比較すれば、非常に厳しい就職難が続いている。

 「最近、香港の景気は一年前より随分良くなったが、到底満足できるレベルじゃない。香港政府の政策は十分とはいえないし、選挙ぐらいは完全普通選挙にしないといけない」と一日のデモ参加を予定している香港人男性・陳建治さん(パソコン販売員)は率直に語る。

 昨年七月一日、国家転覆罪などを盛り込んだ香港基本法(ミニ憲法)二三条の立法化となる「国家公安条例」制定に反対する大規模デモ(写真右上)は、親中国派の予想(最大でも五万人参加)を十倍上回る五十万人超の香港市民が参加、香港政府ばかりか中央政府をも震撼させた。連立与党・自由党の田北俊(ジェームス・ティエン)主席が国家安全条例案をめぐる意見の食い違いを理由に香港行政会議メンバー(閣僚)を辞任、香港トップの董建華行政長官は昨年九月五日、同条例案の撤回を表明し、空前のデモに政権の維持すら危ういムードが漂った。

トウ小平氏とサッチャー英国首相のろう人形=香港の中国国旗国歌展示会で その後、親中国派が中央政府と連携し、「愛国」論争を民主派に投げかけ、民主派の分断工作を開始して巻き返しを図り、中国の全国人民代表大会(国会に相当)常務委員会は四月二十七日、二〇〇七年の香港行政長官選挙と二〇〇八年の香港立法会議員選挙について、普通選挙を認めないとの法解釈を決定し、民主派が猛反発した。紆余曲折した後、昨年七月一日の大規模デモ主催者である民主派団体「民間人権陣線」は民主派勢力をまとめ上げ、今年の同月同日に大規模な反政府デモを決行する。

 六月四日、天安門事件十五周年記念日に行われた支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会=司徒華主席)主催の犠牲者追悼キャンドル集会には八万二千人(主催者発表)が参加し、返還後最多を記録。例年にない盛り上がりは七月一日のデモにも波及すると見られており、香港中文大学アジア太平洋研究所の事前調査予想によるとデモ参加者数は、全体の一四%に当たる約三十万人と推定している。

 デモ参加の動機としては「〇七年の立法会議員普通選挙完全実施と〇八年の行政長官普通選挙完全実施を求めるため」が四四・八%でトップ。次に「民主改革を進めて政治が市民にもどってくるよう求めるため」が二九・一%、「香港行政長官の施政に不満」が一五・七%、「経済や高失業率への不満」が一一・九%、「人気ラジオ番組司会者辞任事件など言論の自由問題を訴えるため」一〇・四%の順となっている。

 デモに予想以上の参加者が集まれば、中央政府の香港への監視体制が強化されるとの懸念が民主派の一部からも出る中、米国議会では「香港の一国二制度は維持されていない」との疑念が報告され、香港政策法によって香港にも中国本土に準じた輸出規制をかけるべきだとの提唱がサム・ブラウンバック米上院議員(共和党)から出された。

 この提唱は、三月、香港民主派の重鎮、李柱銘(マーチン・リー)前民主党主席(写真左)と同党の徐謹申氏、職業工人会連盟(職工盟)の李卓人氏がブラウンバック上院議員の要請を受けて訪米し、香港の民主化の現状について米上院外交事務委員会で証言したことが伏線にある。

 香港の民主派議員が米議会で証言したことは、香港で「言論の自由の表れ」と評価を受ける一方、「台湾総統選挙直前の政治的に微妙な時期に中国政府に揺さぶりをかける要因を米国側に与え、香港の立場を危うくした非国民」との強い批判が親中国派から巻き起こり、李柱銘氏は「売国奴」と罵られるほど、愛国心のない議員としてレッテルを貼られた。
 劣勢を余儀なくされた親中国派が民主派の分断工作を奏功させ始めたのはこれがきっかけだ。李柱銘氏は、その後、愛国心があることを強調するため、極端な反中国路線を切り替え、七月一日のデモでも香港の独立をイメージさせないように「市民に政治を取り戻せ」という合い言葉は使わない方針を打ち出した。

 さらに支連会の幹部である職工盟の劉千石主席(写真右)は九日、「香港の民主派と中央政府は対立を止め、お互い譲歩すべきだ。いがみ合えば香港社会に何のメリットもない」と発言し、支連会の常務委員ポストを突然辞任。これは劉議員が回郷証(香港人が中国本土に入境するための許可証)を中国当局に奪われたまま、広東省広州にいる病気の母親に再会することさえ許さない中国政府の政治工作に屈した形だ。劉議員はその直後、回郷証を再取得し、故郷で母親との再会を果たした。支連会の元幹部には回郷証が再交付されるなど、中央政府の民主派への揺さぶりはエスカレート。

 民主派の間では「劉議員の離反で七月一日のデモ参加者が十万人程度減ることになる」との推測も出ており、支連会の司徒華主席は「聖書でいえば、彼はイエスを裏切ったユダかペテロだ」と痛烈に非難。民主派の足並みは中央政府との和解か対立かで乱れ始めている。

 七月一日の大規模デモで香港人の民意を代弁しようと勢いづく民主派は議会での主導権を得ようと、九月十二日投開票の立法会議員選挙(六〇議席)で過半数確保を目指している。

 民主派は立法会議員選で直接選挙枠に二十五人、職業別間接選挙枠に七人を立候補させる候補者リストを発表。同選挙に詳しい香港中文大学政治行政学系の蔡子強高級研究員は「予想統計データでは民主派は直接選挙枠で二十一議席、間接選挙枠で五議席を獲得し、目標の三十議席には届かない。もしも投票率が六五%前後まで上がれば直接選挙枠で民主派が二十三議席奪取も可能だが、最悪の場合は二十議席に留まる可能性もある」と分析する。

 香港大学の世論調査(五月十八―二十日)結果によると、香港人の政治的立場は「民主派」が三二・一%、「中間派」が二九・六%、「親中派」四・六%、「政治傾向なし」二六・二%の順。民主派と中間派を合わせると半数を超えるのに対し、親中国派はわずか四・六%で支持率は低いが、民主派が全議席の過半数を獲得するまでにはいかない見通し。当分、中央政府と民主派の「一国二制度」の主導権を獲得するせめぎ合いは続きそうだ。

【米国の香港政策法】「一国二制度の原則下、香港は中国本土と区別できる」と定めた法令で香港が中国への返還を控えた一九九二年に米国議会で成立した。米国政府が共産圏への輸出を制限しているハイテク製品を返還後の香港へ輸出できるようにするなど、香港への特例措置となっている。同法令は米大統領が「香港の高度な自治が失われた」と判断したり、調印された国際条約を履行しなかった場合、失効を宣言される。