中国企画記事 特選

2005年10月26日記

胡耀邦氏の名誉回復、政権安定へ独自色 胡錦濤総書記
生誕90周年式典11月開催  民衆人気高く共青団系も結束

 一九八九年四月に死去した胡耀邦・元党総書記の生誕九十周年の記念式典が十一月二十日、北京の人民大会堂で行われる。胡耀邦氏の急逝が天安門事件の引き金となったことで党中央が胡氏の評価を行うこと自体がタブー視されていたが、個人的親交が深かった胡錦濤国家主席の肝いりで決定した同式典は天安門事件の再評価につながるのか。江沢民前国家主席の“院政”呪縛からようやく脱した胡主席は、親民路線による求心力増強と江沢民派離反、言論統制による急進改革抑制を織り交ぜながら独自色をにじませ、権力基盤の安定強化を最優先するしたたかな政権温存策を取り続ける。(05年10月26日記、深川耕治)


★ 党には神経質な問題  ★

 胡耀邦氏(写真左)の生誕九十周年記念式典が中国政府の公式行事として初めて開催されるとの報道は九月に入り、ロイター電や中国系香港紙「文匯報」(九月五日付)で流れ始めたが、中国政府の公式発表は行われていない。中国共産党には政治性の強い神経質な問題だ。

 一九一五年、湖南省瀏陽生まれの胡氏は党の青年組織である共産主義青年団(共青団)第一書記を歴任して党主席、党総書記まで上り詰めた「団派」の大御所。文化大革命で失脚後、トウ小平氏のもとで七〇年代末、「真理の検証」運動を主導して毛沢東の文革路線を精算し、改革開放路線の推進役となった。

 八一年、華国鋒氏に替わって党主席となり、八二年、党総書記に就任。清廉潔白で気さく、実直な人柄が民衆からも敬愛されたが、欧米や日本にも精通する自由主義的な思想が保守派から「学生のブルジョア自由化運動に寛容すぎる」とレッテル張りされて八七年一月、党総書記を解任された。

★ 天安門事件の再評価は望み薄 ★
 その後、トウ小平氏の庇(ひ)護で党政治局員として政治活動を続けたが、八九年四月、心臓発作で急逝。北京の大学生らが同氏追悼のために市内を行進し、全国的な学生民主化運動に広がり、天安門事件に発展した経緯がある。天安門事件の再評価による党の権威失墜を憂慮する党中央は胡氏の死後、記念行事を一切主催せず、沈黙を守ってきた。

 ここに来て胡錦濤国家主席が率先して胡耀邦氏の記念式典を挙行することになったのは、胡錦濤氏にとって胡耀邦氏は恩師的な存在で個人的に親交が深かったことと、胡氏の出身基盤である「団派」を結束させて権力基盤を強化することで軍部や党政治局常務委、政治局、中央弁公庁の重要ポストを掌握し続ける江沢民派を減退させる政治手段として最大限利用するためだ、との見方が香港メディアでは根強い。趙紫陽氏の名誉回復や天安門事件の再評価につながることは短期的にはあり得ないないとの冷めた見方が大半だ。

★ 胡総書記、個人的親交深く ★
 香港誌「前哨」(十月号)は「老胡(胡耀邦)の存在なしでは現在の小胡(胡錦濤)はなかった」と師弟関係の密接さを紹介。八一年九月、胡錦濤氏が甘粛省建設委副主任時代に中央党校で青年幹部研修を受けた際、胡耀邦氏の長男・胡徳平氏とクラスメイトとなり、胡耀邦氏の自宅に招待されて胡耀邦氏と長時間にわたって何度も歓談した。二人は師弟関係のようになり、八二年に胡耀邦氏が党総書記に就任した時、胡錦濤氏も最年少の中央候補委員に抜擢されて「団派」から党トップに上り詰める重要なきっかけになったと指摘する。

 また、香港誌「開放」(十月号)によると、胡主席が今年の春節(旧正月)期間、胡耀邦氏の自宅に赴き、李昭夫人に生誕記念式典を行う意向を伝え、同決定を政治局常務委員会で討議したが、九人の常務委員のうち、温家宝氏、黄菊氏、李長春氏、羅幹氏の四人が反対した。

 四人は「天安門事件や趙紫陽氏のことはどうなるのか」と反対意見を主張。胡主席は「そんなことより胡耀邦同志への個人的意見はあるか」とたたみかけ、江沢民派の黄菊氏と李長春氏、李鵬派の羅幹氏は「個人的な接触がないので異議なし」と答えたが、温家宝首相は「趙紫陽氏のことはどう説明するのか」と最後まで食い下がったという。

★ 江沢民派切り崩しへ着々 ★
 胡主席が党・国家・軍の三権を掌握して初開催となった十月八−十一日の党十六期中央委員会第五回総会(五中総会)では、胡主席が総書記再選を目指す〇七年秋の次期党大会を控え、党高層人事で上海閥を着実に退け、自らの支持母体である共青団出身者ら「団派」を積極的に登用しようとの動きだったが、非公開の同総会では党幹部の新人事は未発表のままで終わった。

 江沢民派である上海閥の陳良宇上海市党委書記ら有力地方幹部の更迭やポスト胡錦濤の最有力と目される胡錦濤派直系の李克強遼寧省党委書記昇格などの人事は一切発表されなかったが、いまだに党内で拮抗する胡錦濤派と江沢民派(上海閥)のせめぎ合いは時間と共に団派拡大による胡錦濤派有利に傾きつつあると見てよいだろう。

★ 温家宝首相の立場が危うく ★
 ただ、昨年の四中総会で上海閥のトップだった曽慶紅国家副主席が江氏完全引退に協力画策して以降、上海閥温存のために胡主席と全面的な協力体制を取るようになり、マクロ経済抑制による固定資産投資の規制強化を推進する温家宝首相が上海閥の政治局常務委員や地方幹部からマクロコントロール反対の“集中砲火”を受け、上海閥は胡錦濤−温家宝体制の分断を謀って巻き返しに懸命となっており、動きを熟知する胡主席が温首相にどんな助け船を出すのか、権力温存のために切り捨てるのか、次の一手が注目されている。

 党中央の決定に従い、胡氏の故郷である湖南省瀏陽市では旧居公開のための改装や書画展、一万平方bの広さを持つ陳列館の開館が生誕日に合わせて準備され、北京の人民大会堂では当日、政治局常務委員が出席する式典開催や「胡耀邦伝」の出版、江西省徳安県の陵墓での写真記念館オープンなど記念活動が着々と計画されている。

★ 反日デモのツケ、胡耀邦人脈で対処か ★
 胡耀邦氏は一九八三年十一月の訪日で中曽根康弘首相(当時)と首脳会談を行い、日中友好二十一世紀委員会の設立に合意し、日中友好四原則の合意確立や日中の青年交流事業推進を力強く後押ししていた。今年四月、中国各地で大規模な反日デモが広がり、中国政府としては、デモが党への不満に転化する事態を憂慮。治安対策の欠如、諸外国からの批判が北京五輪にも影響が出始め、対日経済関係にも悪影響を及ぼすことを危惧(ぐ)し、対日友好のパイプ強化として胡耀邦氏の築いた日中友好二十一世紀委員会などを通じ、日本政財界の保守派との人脈強化に動いているとの見方も出ている。

トウ=登ヘンにオオザト