話題の人登場 2009年3月17日記(深川耕治)  最新中国株情報 WINTRADE

   



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胡錦濤国家主席に謝罪求める意見書を出した人民解放軍301病院の元軍医・蒋彦永さん

 2003年春、新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)の感染拡大要因となった中国衛生当局の隠蔽工作を内外メディアに暴露した人民解放軍総医院(301病院)の元軍医。その正義と勇気が「中国の良心」と海外に高く評されるほど一躍、時の人になって6年が経ち、状況は一変している。党や国家の不正を指弾し、自浄刷新を求める医師としての崇高な愛国心と正義は、中国共産党にとって不都合な真実であるため、親族再会のための海外渡航すら認められず、軟禁状態が続く不遇の連続だ。

 2004年2月、天安門事件で銃撃負傷者救命治療に携わった自身の経験をもとに軍が学生の愛国行動を武力鎮圧したことを厳しく非難、「六四事件(天安門事件)は、中国共産党が犯した最も重大な誤り」とする事件の被害者名誉回復と再評価を求める意見書を胡錦濤指導部に送ったことで党の対応は掌を裏返すように厳しいものに変わった。

 そして今年2月、再び胡錦濤指導部に同様の意見書を送り、党指導部に対し、天安門事件の武力弾圧に対する謝罪を求めた。蒋氏の意見書は2月6日に胡錦濤総書記や政治局常務委メンバーら指導部に宛てて綴られた書簡の写しで人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(人権監察)」(本部・ニューヨーク)が発表したもの。

 「2004年に拘束軟禁し、294日間にわたって身体的自由を拘束した上、親族に会うための海外渡航すら禁じたことへの謝罪を要求する」とある。蒋氏は新型肺炎の情報隠蔽暴露後の2004年6月1日、夫人と共に突然拘束され、05年3月21日にようやく釈放。その後も当局の2年間の監察処分となり、香港各紙によると、処分が解けて以降も事実上の軟禁状態に近い監視を受け続け、電話すら自由に受けられない状態という。

 中国は10月の建国60周年を前に6月4日の天安門事件20周年が待ち受けており、蒋氏が本人の人権侵害だけでなく天安門事件の再評価を指導部に求めることで内外の民主派が呼応する動きを当局は最も危惧している。そのため、蒋氏の動きは厳重に監視し、外部との連絡を遮断する人権侵害が今秋まで続きそうだ。

 1930年10月4日、浙江省杭州生まれ。祖父・蒋抑卮は中国初の民営銀行である浙江興業銀行創業者。北京にあるキリスト教系の燕京大学医学部(後に北京大学と合併)卒業後、1952年に入党。文革時間は青海省に下放された。1972年に人民解放軍総医院(301病院)に勤務し、外科主任などを歴任。1993年に引退した。2004年、「アジアのノーベル賞」ともいわれるマグサイサイ賞を受賞。華仲尉夫人との間に一男一女。79歳。(2009年3月17日=深川耕治記)

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