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2006年5月18日記(深川耕治)

文革批判続ける「大作家」金敬邁氏


 文化大革命が始まろうとする一九六五年十二月、人民解放軍の兵士が軍馬に驚いて列車にはねられ、死亡した事故の真相を描いた長編小説「欧陽海の歌」を発刊し、中国共産党指導部から注目された。

 その後、中央文革小組文芸組の幹部となり、毛沢東から「大作家」との賛辞を受けたのもつかの間、文革の荒波にのまれ、上司だった戚本禹の告発で七年四カ月、投獄された。今なお文革がトラウマ(心の傷)となっている老作家は「現代中国に潜む罪悪のすべての根源は文革にある」と断罪する。

 現在は広州で夫人と二人暮らし。講演依頼を何度も受けたが、断り続けている。

 「文革は毛沢東と党指導部の残忍な人的大災難」「文革は一種の神格化運動。そのために人々を辱めた」と回想する。

 十六日、文革開始四十周年を迎えた。一九六六年五月、紅衛兵結成で始まり、十一年にわたって続いた文化大革命は中国全土を混乱に陥れ、大学は閉鎖され、青年たちは農村に下放されて人材育成が大きく立ち遅れた。つるし上げや暴行を受けた著名な文人名士の中には、老舎、傅雷、儲安平、翦伯賛らのように自ら命を絶った者も少なくない。

 宗教も徹底否定され、教会や寺院が破壊され、僧侶も投獄、殺害され、死者一千万人以上を含む多大な犠牲を出した。空白の十一年間といえる。金氏はその犠牲者の一人にすぎない。

 党員として一九四九年、人民解放軍に参加し、中南軍区軍械学校文工団員、広州軍区戦士話劇団員、同創作員などを経て六八年、投獄される。七五年、下放されて農場労働を行い、七八年にようやく名誉回復。その後、広州軍区文化部創作組の作家として活動を続け、映画「鉄甲〇〇八」、話劇「南越王」などを発表。二〇〇二年には獄中生活回顧録を出版し、文革を痛烈に批判している。南京生まれの七十五歳。