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2006年9月21日記(深川耕治)

★シンクタンク主席として行政長官選挙の在り方を提言する葉劉淑儀(レジーナ・イップ)前香港保安局長

 二〇〇三年七月一日の大規模デモの責任を取り、香港保安局長を辞任後、米スタンフォード大に留学していたが、今年七月、香港に戻り、民間シンクタンク「匯賢智庫」を立ち上げて二〇一二年に行われる行政長官選挙と立法会議員選挙で全面的な直接選挙実施に前向きな姿勢を示している。

 十七日、自身のスタンフォード大修士論文の内容を冊子にして選挙改革の提案を発表した。英国型の議会制を参考に選挙制度を改革するため、選挙民が一人二票(一票は各選挙エリア、一票は全地域から)を投票するシステムに変え、議会で議席数が多数派となった政党から行政長官を選ぶというもの。現在、香港立法議会(定数六十)は直接選挙枠が三十議席、職能枠(間接選挙)三十議席となっているが、ドイツやニュージーランド、日本などで採用されている比例代表制、小選挙区制を参考に立法議会の議席を現行の六十議席から八十議席に増やし、半分(四十議席)を小選挙区制、半分(四十議席)を政党ごとの比例代表制で選出するというものだ。

 「香港政府は最終的に大統領制あるいは議会制を選ぶことになるが、香港基本法を改正し、行政と立法機関がもっと密接に連携すべきだ」と話す。

 香港大学英文系卒業後、英グラスゴー大学、米スタンフォード大留学。一九七五年に香港政庁に入庁し、九六年から二年間、香港出入境事務処長、九八年七月、香港保安局長に就任。自身が策定した反体制活動を規制する「国家公安条例」案が景気低迷による失業率悪化、新型肺炎(SARS)による経済悪化による市民の不満を増幅させて大規模デモの引き金となり、二〇〇三年七月、引責辞任した。

 同年、米スタンフォード大東アジア言語学修士課程に留学し、〇六年六月に卒業。七月、香港に戻り、民間シンクタンク「匯賢智庫」を立ち上げ、同主席として香港の政策、経済問題の研究を続ける。一九八一年に葉文浩氏と結婚し、一女(17)がいるが、葉氏は九七年に死去。五十五歳。