話題の人登場 2012年10月26日記(深川耕治)

   



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台湾文化相として香港を訪問した龍応台氏

 11月28日から12月3日まで「中華民国主任文化部長」の肩書きで香港を訪問し、中華文化の中の台湾の魅力について「偉ぶらず、力づくでの変化を用いず、あるがまま、ゆっくり時が過ぎ、文化的に落ち着いたリズムがある」と語った。

 10年8月、北京大学で女流作家として初講演した時、「私の中国に対する夢は『大国崛起(大国の台頭)』ではなく『文明崛起(文明の台頭)』。一つの国家の文明の是非は、少数民族や異議分子(反体制分子)、社会的弱者に対してどう扱うかによるものだ」と中国の少数民族政策を暗に批判した時のように「大国崛起」と対照的な台湾の特徴を文化的に示唆した。

 香港政府が力を入れる西九龍文化芸術区や沙田(シャーティン)文化博物館などを視察し、香港文芸界の重鎮らとも会談。9年間、香港大学客員教授として生活した経験から台湾と香港の文化協力として「文芸パビリオンの共同運営が可能だ」とし、香港だけでなく、マカオ、広東省、高速鉄道で連結された後の上海までの南方五地が文化協力する「南方連盟」を提唱。中華文化の交流深化や国際対話空間の拡大を求めている。

 「香港は(近代以来、中華文化の)非常口だ。本地人や外地人の区別なく、それぞれが移民であることが香港の核心的価値の一つ」とも述べ、香港の文化的位置づけが香港でも論争になっている。

 1952年2月13日、台湾南部の高雄県生まれ。父(龍槐生)は湖南省衝山生まれで台湾に逃れた外省人一世。母(応美君)も浙江省淳安生まれの外省人一世。台湾中北部の苗栗県で育ち、国立成功大学外国語系を卒業後、カンザス州立大学英米文学部へ留学して博士号取得。ニューヨーク市立大学で教鞭を執り、台湾の中央大学、淡江大学、独ハイデルベルク大学で教え、スイスやドイツで暮らした後、1999年に台北市文化局長、香港シティ大学や香港大学の客員教授、台湾清華大学教授などを歴任。05年、龍応台文化基金会を発足させ、12年5月から台湾文化部長(文化相)に就任。ドイツ人の前夫との間に二男。著書に「東欧から見た台湾」「龍応台自選集」「百年の思索」「思索香港」「親愛なるアンドリュー」「大江大海一九四九」など多数。



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