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2012年10月29日記


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莫言氏ノーベル文学賞に賛否
官方作家、「初の快挙」に沸く

愛国主義、政治利用の声も

 
中国の作家、莫言氏(57)が今年のノーベル文学賞に選ばれ、文学と政治の関わりが論争となっている。これまで反体制派ばかりがノーベル賞を受賞する中、初めて中国政府が認める国内からの選出で愛国主義の高揚に利用される懸念もあり、ノーベル文学賞受賞をめぐる政治をめぐる動きは、ソフトパワーを重視する中国の国威発揚の国家戦略に沿う形となっている。(深川耕治=2012年10月29日記)

賄賂疑惑も後絶たず
外交修復、あの手この手

 莫言氏(本名・管謨業)の創作の原点は「飢えと孤独」だ。「文化の源は民の中にある。農村にある」「だれもが自分なりの『民の空間』を持っており、その中で独特の経験をしたことが文学上の自分の貴重な拠りどころ。それらの独自の経験を生かすことが他人と異なる文学作品を完成させる」(2006年9月、「福岡アジア賞」受賞時)と語っている。

 選考委員会による受賞理由は「幻覚的なリアリズムによって民話、歴史、現代を融合させた」ことだ。莫言作品は、中国の都市と農村の現実を独特のマジックリアリズムによって描かれている。抗日戦争期の農村地帯を舞台とした「赤い高粱(コーリャン)」は張芸謀監督によって映画化され、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。地方幹部の腐敗を描く「酒国」、一人っ子政策の問題点を自らの体験と重ねて描いた「蛙鳴」、性的描写などを理由に一時発禁処分になった「豊乳肥臀」、清朝末期の天才処刑人による死刑執行を描く「白檀の刑」などの長編小説を発表。数々の作品は英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、日本語、韓国語、ベトナム語、ノルウェー語、スウェーデン語などに翻訳され、国際的な知名度を上げていった。

 莫言氏は1955年、山東省高密県の貧しい農民家庭に生まれた。文化大革命で小学校を中退。牛飼いや農業手伝い、工場の臨時工などを経て人民解放軍に入隊後、1980年代に執筆活動を始め、作家として文壇デビュー。同氏が自らのなかに見出し、一貫して描き続けているテーマは、中国の貧しい農村とそこに生きる人々の生き様だ。
 莫言氏は西欧近代小説の模倣に反発し、「あとを追いかけるだけでは意味がない。皆が西に行くなら私は東に行く」とアジア文学の気概を語る。草深い農村地帯である故郷を幻想的な文学空間に変換することによって文学的宇宙の創造に息吹を注ぐ作品群は、今年のノーベル文学賞有力候補だった西洋文学の影響を受ける村上春樹氏と違い、中国的な表現力が凝縮している。
 09年8月、莫言文学館が山東省●(サンズイに維)坊市内にある中学校の敷地に開館した。鉄筋3階建ての同館は莫言氏の三十数年間に及ぶ文学作品を集め、館内では映画「赤いコーリャン」主題歌が流れ、さながら魯迅記念館のような造りだ。莫氏の地元では受賞直後から同館への入場者数が急増。記念切手や記念Tシャツも販売され、熱烈に歓迎されている。

 中国週刊誌「中国経済週刊」最新号(41期号)によると、莫言氏がノーベル賞以外で得られる受賞発表後の収入は百万部増刷される「莫言全集」や新著の印税のほか、映画作品の版権などを合わせ、「年間二億元(約二十四億円)に上り、国内作家の収入ではトップになる」と予想している。莫氏の出身地である山東省高密市では「莫言の故郷」と銘打って文化観光ブランド化し、地域観光振興に絶大な宣伝効果を期待しており、莫氏に巨額の奨励金を贈る予定だ。

 莫氏の生まれ育った山東省高密市内の貧しい土塀の平屋旧居は1912年に建設され、1988年まで人が住んでいたが、その後は無人で建物自体が古くて修復が必要な状態だった。山東省観光局と高密市党宣伝部の当局者らがこの旧居を観光名所として修築することを昨年、本人に提案したところ、莫氏の家族は「労民傷財(財政を傷つけ民衆に苦労をかける)であり、本人も願っていない」と婉曲的に断っている。
 地元政府は、ノーベル文学賞受賞で莫氏の所縁のあるあらゆる場所を観光名所にして観光財源にしたい皮算用が見え隠れするが、莫氏の家族らは嫌気がさしている状態だ。
 莫言氏は人民解放軍に入隊した経験があり、中国共産党員で中国作家協会副主席を務める。いわゆる「官方作家(御用作家)」との辛辣な風刺批評もある。中国政府としては「体制内批判」で許容範囲内との見方だ。
 しかし、莫氏は12日、地元ホテルで開いた記者会見で「党のために作品を輩出したわけではなく、社会に対する不満を書いてきた」と反論。収監中の劉曉波氏について「早く自由を得られることを願う」と語っている。
 さらに「ノーベル賞の歴史では、サルトルがフランスの共産党員だったり、ショーロホフが旧ソ連の共産党員であっても、数千万人の人々が読んでいる」と前置きしながら「私は共産党指導の中国で著作活動しているが、作品が党派によって制限を受けることはなく、執筆活動を始めた80年代から階級や政治問題をすでに打破している」と述べ、党と作品との関わりを否定している。

 これまで中国政府は中国系のノーベル賞受賞者たちに対して厳しい批判と宣伝規制を続けて来た。1989年にはインドに亡命したチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世、2010年には民主活動家、劉暁波氏(国家政権転覆扇動罪で服役中)が平和賞を、00年にはフランスに亡命した高行健氏が文学賞を受賞している。

 ダライ・ラマ14世の受賞時には完全無視して関連書籍の持ち込みも禁止。高氏の受賞時は中国外務省は「亡命作家の受賞には政治的な意図がある」と批判。劉氏の受賞時には「ノーベル平和賞を冒涜するもの。わが国とノルウェーの関係に損害をもたらす」と強く抗議していた。ただ、莫言氏の受賞については「中華民族の悠久の歴史と輝かしい文化は全人類共同の財産だ」と最大限に讃えている。

 一方、ノーベル賞選考委員に対する中国側の賄賂疑惑も絶えない。

 ノーベル文学賞の選考委員の一人であるスウェーデン・アカデミーの中国文学担当(中国研究家)、ゴラン・マルムクイスト氏は莫言氏のいくつかの作品をスウェーデン語に自ら翻訳し、スウェーデン語訳を出版する予定だったことで翻訳利権疑惑が浮上。その後、「ボランティアで翻訳した」として翻訳料を受け取らないことを明言し、疑惑打ち消しの釈明に追われた。

 マルムクイスト氏は、莫言氏の出身地である山東省の当局者から半年前に賄賂として書画や古書が送られてきたが、返送すると、別の委員に送りつけた経緯を上海市内の記者会見で述懐。作家らが「賞金は献上するから名誉は自分がもらいたい」と言い寄ってくるケースもあったという。

 また、2010年、ノルウェー・ノーベル賞委員会がノーベル平和賞を中国の民主活動家、劉暁波氏に授与したため、ノルウェーの元首相が中国から入国を拒否されるなど、両国関係は完全に凍結し、中国の温家宝首相は今年4月、30年ぶりに中国首相としてスウェーデンを訪問。温首相は中国政府として環境保護産業の研究、育成の助成金として90億クローナ(約1088億円)をスウェーデンに投資すると発表し、金銭外交を通じてノーベル賞を政治的な取引に利用しているとの批判が出ている。

 8日の党大会を前に中国は「政治の季節」を迎え、ノーベル文学賞も中国が目指すソフトパワー増強に利用されるか、文学と政治の関わりを注意深く見守る必要がある時期となっている。