台湾企画記事
2003年7月28日記

波紋呼ぶ「中華民国」不在論 台湾
前総統の明快な主張、陳総統再選の足場作りに
本土派の愛国心を呼び覚ます

 台湾の李登輝前総統(80)が二十三日、「中華民国はすでに存在しないので、台湾を正式国名にすべきだ」と発言した「中華民国」不在論が波紋を広げている。最大野党・国民党は「陳水扁総統はどう解釈するのか」と問いただし、来年三月二十日の総統選挙に向けて親民党との共闘で政権奪取を狙うが、知略家の李発言は台湾を正式国名に改めようとする運動と直結、中国の反感を刺激しつつ台湾本土派の愛国心を呼び覚まし、陳総統再選への足場作りは急速に醸成されつつある。(深川耕治=2003年7月28日記)


◆李前総統が本土派結集求め演説◆
 七月二十三日午前、台北市内のホテルで行われた台湾独立派の団体「五一一台湾正名運動連盟」が主催する集会であいさつした李前総統は「中華民国は事実上、どこにも存在しない。陳総統は公開の場で話せないとしても、私は引退した身なので大声で言うが、われわれの国名は台湾と呼ぶべきだ」と述べた。

 会場の外では中台統一派の「愛国同心会」メンバーらが「李登輝打倒」をシュプレヒコールする中、壇上に立つ李前総統は「国連へ前進せよ」と刻まれた紫色の鉢巻きを付け、「旧勢力があらゆる手段で殺そうとしても、私は死なない。十年後も生きているし、台湾のために必ず生き続ける」と述べ、老齢ながら日本の武士道を地で行くような決死的な迫力が聴衆の愛国心に火を付けた。

◆「台湾」に国名改める新潮流◆
 李前総統は、六回修正された中華民国憲法が中国大陸を含む三十五省を管轄すると定めているなど現状と一致していない矛盾を指摘、「破れて着ることのできない衣服」に喩(たと)え、「中華民国はすでに存在しない。国際社会でごくわずかの国からしか認められていない不正常な国家を正常な主権独立国家に変える唯一の方法は台湾を正式な国家名称にする以外ない」と訴えた。

 また、李前総統は「旧体制による五十年以上の台湾統治では台湾を認めなかったが、選挙では台湾優先を掲げ、一国二制度に反対する。『一つの中国』は中国に傾き、台湾をつぶしにかかる方便だ」と語り、中華民国の国名が悪用される前に台湾を正式国名にすべきであることを強調。「台湾を正式国名にするよう、国連や米国、日本、全世界に支持を働きかけよう」と呼びかけた。

◆陳総統の再選めざし環境作り◆
同日、同じホテルの別の階では李前総統の後援会と陳総統の後援会の幹部が結集し、「台湾優先による団結」で陳総統の再選を全力で支持する宣誓を行った。台湾紙「自由時報」(二十四日付)は、李前総統と陳総統は最近、五日間で四回会談し、対日、対米関係に精通する人々を陳総統に会わせる有効な秘密外交を行っていることを報じており、与党・民進党と李前総統が精神的指導を行っている台湾団結連名(台連)の総合的な選挙協力がさらに結束力を増していることを示唆している。

 李前総統が二十三日、「中華民国」不在論をぶち上げたのは、決して突発的な発言ではなく、一九九九年七月に提唱した「二国論」同様、来年三月の総統選に向け、陳総統再選をめざす台湾本土派再結集のための緻密な準備に基づく戦略がある。同発言をカンフル剤として中国や大陸寄りの野党の強い反発を起こし、中国からの強い外圧をテコに台湾本土派を結集して陳総統再選の環境作りを周到に準備することだ。
 この日の会合を主催した台湾正名運動連盟は九月六日、台北市内の総統府前で十万人規模の国名を台湾に変えるデモを準備。李前総統も参加を予定し、台湾独立派や本土派の有権者を鼓舞している。

◆二大野党との違い明確に◆
 昨年五月十一日に初めて行われた同団体主催のデモは台湾全土から二万人以上が参加。二回目となる今回は李前総統の「中華民国」不在論が加わることで「一つの中国」原則を掲げる中国を刺激するのは必至。陳総統が主席を務める与党・民進党も地方支部を通じて支持者らに参加を呼びかけていたが、当初は主催団体から「台連は一万人動員しているのに民進党は三千人動員とは消極的過ぎる」と指摘され、中国による対台湾武力行使の口実になる恐れを憂慮して重い腰が動かない状態だった。

 ところが、今回は、李前総統の発言に加え、体調不良だった李前総統が同演説後の二十五日、台北市内の病院で心臓冠状動脈の血管拡張手術を受けたことが、決死的な憂国発言として民進党内の同情を買うと同時に選挙戦への団結心を急速に高め、来月六日のデモ動員に民進党が組織を挙げて本格的なフル回転を開始した。

◆与党・民進党の解釈質す野党◆
 一方、最大野党・国民党の連戦主席は、李前総統の「中華民国」不在論を受け、「一体、陳総統は中華民国が存在しないと考えるのか、問いただしたい」と詰問するスタンス。来月六日の大規模デモに対抗して、国民党と第二野党・親民党が共闘を組む形で「三つのノー(高学費反対、健康保険料増額反対、失業者百万人に反対)」百万人署名活動を展開。民進党政権下で一向に景気回復が打開されない住民の不満を総統選に直結させる狙いで来月四日には署名活動を締め切り、五日に陳総統に提出する。

 連戦主席の問いかけに対し、陳総統は二十四日、「中華民国はここ(台湾)にある」と笑顔で答え、呂秀蓮副総統も「一九九一年五月一日以降、中華民国は台湾に存在している」と歴史的経緯を説明しながら答えた。二十三日の段階では明確なコメントを避けていた民進党の李応元副秘書長も「中華民国は当然存在する。李前総統が統治された十二年間、外交事務の体験で苦心や思慮があったことは理解する」として、台湾政府として「中華民国」が台湾に存在する立場が不変であることを明示した。

 与党・民進党としては李前総統の発言に組みしない立場を取りながらも、李登輝発言で台連や民進党支持者以外の台湾本土派による支持基盤を掘り起こして拡大し、「次期総統選では投票総数の五五%突破が目標」(林志嘉台連秘書長)との読みがある。

◆中国は静観、逆効果を懸念か◆
 一方、中国側は李前総統の「中華民国」不在論に対して直接的な反応はなく、静観する姿勢だが、二十六日付の中国系香港紙「文匯報」は台湾独立の動きを封殺するための空軍パラシュート部隊の再編成を浙江省杭州基地で準備していることを大きく報じ、「国防任務は国家分裂阻止にある」と強調して解説している。

トップへ戻る