広東省で大幅な人事異動
深セン市長に若手ホープ

 中国・広東省深セン市では先に干幼軍前市長が湖南省常務副省長に転任したことに伴い、
広東省の李鴻忠義務副省長がその後任として市長代理に任命された。さらに省政府では玉突
き的に幹部の大幅な人事異動が行われるもようだ。干前市長の湖南省への転任には中央政
府による内陸部へのてこ入れの意向が働いているもようで、もともと四月に実施する予定だっ
た全国的な人事異動が重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行によって先送りされていたと
いう。
 深セン市人民代表大会常務委員会は十七日、李鴻忠・広東省常務副省長を深セン市副市
長兼市長代理に任命した。先に湖南省副省長に転任した干幼軍・前深セン市長の後任となる
ことが決まった。また、広東省人民代表大会常務委員会は十八日、李氏の後任として鍾陽勝・
広東省党委宣伝部長を常務副省長に任命した。

 十八日付香港各紙によると、深セン市長代理となった李氏は山東省出身で四十七歳、吉林
大学歴史学部卒業。全国で最も若い副省長の一人とされる。李鉄映・前共産党中央政治局委
員が遼寧省党委書記だったころ、その秘書を務め、一九八五年に李鉄映氏が国務院電子工
業部長に就任した際には電子工業部党組弁公室副主任を務めた。李鉄映氏が中央政治局
委員に就任してからは広東省恵州市へ赴任し、わずか三十二歳で市長に就任、同市党委書
記などを歴任した。昨年の中国共産党第十六回全国代表大会(十六大)で中国共産党中央候
補委員に当選しており、党内の地位は干前市長よりも高い。中国政界のホープでもあり、次の
深釧市党委書記の最有力候補と目される。

 李氏の恵州市時代の最も大きな功績として、恵州TCL集団を中国の代表的な家電メーカー
の一つに育てたことが挙げられる。李氏は電子工業分野に造けいを持ち、恵州の外資導入政
策を電子産業に傾斜させた。

 李氏の後任として広東省常務副省長に任命された錘氏は広東省出身の五十五歳。璧南大
学経済学院で経済学博士号を取得しており、広東省屈指の高学歴官僚といわれる。中国社会
科学院哲学研究所や広東省党委政策研究室などの研究員や所長を務め、江門市党委書記
を務めた際の国有企業改革の実績も評価されている。二〇〇〇年に干前市長の後任として
広東省党委宣伝部長に就任した。


◎干前深セン市長、湖南省転任の背景

新任の李鴻忠・深馴市長代理は、省内では黄華華・広東省省長に次ぐ地位とされる。干前市
長の湖南省常務副省長への転任について疑問を抱く向きも多い。干前市長は深セン市長を
務めた三年間、ハイテク産業の発展、台湾資本の誘致、行政改革、香港との連携など多大な
実績を残した。深釧市は改革開放のシンボルとして国内でも特別な位置付けを持ち、その市
長といえば相当の権力を握る。それが湖南省の副省長へ転任するとなれば、左遷とも考えら
れるからだ。

 十八日付『りんご日報』によると、黄麗満・深セン市党委書記は于幼軍前市長が深センを離
れた理由を「中央政府が彼を重用しているから」と語った。于幼軍前市長にとって深センを離
れることが、さらなるステップアップにつながる重要な一歩であると同紙は分析する。広東省で
のキャリアアップを図るにも、黄華華・省長や李鴻忠・常務副省長、湯柄権・副省長が党内序
列として上に控えているなど、于幼軍前市長が省内で発展する余地は限られていた。深セン
市のトップである党委書記への就任も見込まれていたが、張高麗・前書記に代わり黄書記が
就任し可能性が消えた。黄書記は江沢民・前国家主席の電子工業部長時代に秘書を務めて
いたという。

 深セン市は副省レベルの都市であるため、市長職は副省長職と同格となる。深セン市長と
湖南省副省長は同格だが、干前市長の党内の役職は広東省党委常務委員ら湖南省党委副
書記に昇格した。常務副省長になったことからも一般の副省長より高い地位となる。『香経済
日報』は六日付で、昇格の背景には胡錦涛国家主席の後押しがあったと分析している。SARS
流行への対応をはじめ、胡錦濤主席は于幼軍前市長に対し良い印象を持っているという。中
央政府としては、于幼軍前市長の経済特区での管理経験を西部地域に属する湖南省の経済
発展に生かす考えがあると見られている。
(03年6月27日記)

セン=土ヘンに川。


【広東省の主な人事異動】

氏名 現職または前職 → 新職(*は見込み) 
李鴻忠 広東省常務副省長 → 深セン市長 
錘陽勝 広東省党委宣伝部長 → 広東省常務副省長 
察東士 広東省党委秘書長 → 広東省党委宣伝部長* 
斎志恒 恵州市党委書記 → 広東省党委秘書長* 
陳紹基 広東省党委副書記 → 広東省政協主席* 
黄麗満 深セン市党委書記 → 中華全国婦女連合会主席* 

資料:香港紙「明報」

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