香港企画記事速報
2006年8月30日記

補修船の出港認めず尖閣への航行阻止 中国政府
上陸10周年、再度上陸めざす 香港保釣行動委
反日デモも未然に封殺 中国深セン
反日暴動再発防止へ対策敏感に

反日運動は「諸刃の剣」 次期首相誕生前に悪化願わず 中国

 尖閣諸島(中国名=釣魚島)を中国領と主張する香港の抗日団体「保釣行動委員会(柯華主席)」が今月十五日に計画していた同諸島への上陸を突然延期したのは、航行予定だった漁船二隻のうち一隻が中国広東省汕尾港で補修作業を終えて香港にもどろうとした際、中国当局から出港許可が下りず、当局の差し押さえ圧力で出港を断念したことが理由であることが明らかになった。中国政府は小泉首相の靖国神社参拝に対する国内での反日デモが激化して日中関係の冷却拡大や党への不満に変わることを危惧(ぐ)しており、反日運動を未然に厳しく抑制し、押さえ込む動きが強まっている。(深川耕治=2006年8月30日記)


 香港保釣行動委員会は二日、今月十五日に同諸島上陸を目指して十二日に香港を出航すると発表しながら八日、延期を急きょ決定。小泉首相の靖国神社参拝が十五日の終戦記念日に確実に行われると伝え聞き、それに抗議するために尖閣諸島行きを計画していたが、対外的には「船の補修工事が遅れている」との理由で出航を九月末に延期すると発表していた。

 しかし、実際は香港から中国広東省汕尾市の港に補修作業に出していた漁船が修理完了後も中国当局の出港許可が出ないことで香港へ出航できない理由だったことが同行動委メンバー、曽健成氏との単独インタビューで明らかになった。

 同委員会は当初、尖閣諸島へ漁船二隻で出航しようとしていた。一隻は香港で老朽化による修理を続けていた「釣魚台二号」(百四十トン級)。もう一隻は五月に購入したトロール船「保釣二号」(二百トン級)で、広東省汕尾市馬公鎮の港で五十万香港ドル(約七百五十万円)をかけて補修作業を行い、八月初旬には修理を完了していた。計画では修理完了後、「保釣二号」を汕尾港から香港に移動し、八月十二日に釣魚台二号と保釣二号の二隻で香港を出航、尖閣諸島に向かう予定だった。

 しかし、中国当局は船舶修理の申請書類不備を指摘。不備だった書類を再提出しても「責任者が船舶書類を読み終わっていないので出港は許可できない」(汕尾市馬公鎮公安局)との理由で中国当局が保釣二号の汕尾港出港を許可せず、差し押さえることで八月十五日の尖閣諸島への上陸計画を未然に封殺した形だ。

 当初、保釣二号には香港保釣行動委員会メンバーの柯華主席、羅就氏、梁国雄氏、曽健成氏、劉夢熊氏らが乗り込んで釣魚台二号と二隻で八月十二日に香港を出航、米国華人メンバーが七万ドルを募金して十数隻の船を借り、台湾で合流し、米国やカナダの華人を含む総勢七十人で台湾から尖閣諸島に出航する予定だった。

 保釣行動委員会は十年前の一九九六年九月二十三日、初めて香港から尖閣諸島に向けて保釣号で出航し、同二十六日、同メンバーの陳毓祥氏が尖閣諸島への上陸を日本側から阻止され、抗議行動として海に飛び込み、溺死。同十月七日、香港保釣行動委員会と台湾の団体が再び尖閣諸島への上陸を目指し、数十隻の船がゲリラ的手法で海上保安庁の船による阻止を受けながら一隻だけが尖閣諸島に上陸した。香港保釣行動委員会としては九月二十六日の陳氏死亡十周年を追悼する意味で九月下旬の尖閣上陸を目指して準備してきたが、小泉首相の靖国神社参拝が八月十五日に行われることが分かり、急きょ、計画を繰り上げていた。

 昨年四月十七日、香港では一万二千人が参加(主催者発表)した大規模な反日デモが展開され、主催団体の一つである香港保釣行動委員会は尖閣諸島への再上陸計画を宣言。宣言前、活動資金が三十万香港ドル(四百五十万円)しかなかった香港保釣行動委員会は、同デモ以降の募金活動で百七十万香港ドル(二千五百五十万円)が集まり、新たに漁船二隻を購入、補修作業を行う資金に充てた。船購入の資金不足に苦しむ保釣行動委に助け船を出したのが香港特別行政区政府中央政策組顧問で京華山一国際(香港)有限公司顧問の劉夢熊氏(61)だ。

 劉氏は香港財界人と政治家各一人を説得して各二十万香港ドル(三百万円)の募金を得、史泰祖香港医学会副会長からも十万香港ドル(百五十万円)の募金を受け取った。本人は新たに購入した漁船の保証人になり、尖閣諸島上陸に必要な資金不足を補うために香港の複数の財団に資金援助協力を願い出ている。同行動委が尖閣諸島へ出航するには現段階でも百五十万香港ドル(二千二百五十万円)が不足しており、香港保釣行動委員会の活動資金不足は恒常的に続いている。

 昨年四月十日、中国華南で最大規模の反日デモが展開された深セン市福田区華強北路(電気街)ではネット上で八月十九、二十日の両日、小泉首相の靖国神社参拝に抗議する反日デモを呼びかける動きがあり、広州の日本総領事館はウェブサイト上で反日デモが予定されていることを在留邦人向けに警告。しかし、西武百貨店やジャスコなど日系の商店が集中する華強北路では公安当局や商業施設の保安要員による通常よりやや厳しい警備の中、普段通りのにぎわいを見せ、デモは一切行われなかった。

 一九九六年に北京で民間団体「中国民間保釣連合会」を発足させた同連合会の童増会長(中国民間対日補償請求連合会会長)は、中国当局が国内の民間反日団体の反日活動に懲罰を加える動きが十五日の小泉首相靖国神社参拝で強化され、「当局の担当者が反日運動は諸刃の剣ととらえ、反日団体代表と積極的に接触している」と指摘。

 八月十五日、童会長は中国民間対日補償請求連合会の記者会見を行う直前、公安当局から未申請を理由に会見中止に追い込まれた。童氏は「十数年来で初めて具体的に圧力を加える対象として民間反日団体を絞り込み、圧力を加えながら官営主導に統制しようとしている」と話しており、深センでの反日デモ封殺もその証左としている。八月十五日の小泉首相の靖国神社参拝、九月には日本で新首相が誕生する微妙な時期だけに「中国政府としては日本の次期政権誕生前に対日関係をこれ以上悪化させたくないのが本音」(北京の雑誌編集者)との見方も出てきている。

 香港保釣行動委員会は中央政府駐香港特別行政区連絡事務所(旧新華社香港支社)と保釣二号の出航交渉を進めつつ、九月十八日(一九三一年九月十八日の満州事変=柳条湖事件を意識)に尖閣諸島へ上陸することを再検討。中国当局の圧力で広東省汕尾港で差し押さえられている保釣二号が出航できない場合、陳毓祥氏が尖閣諸島で溺死して十周年になる九月二十六日前までに香港で停泊する釣魚台二号一隻での尖閣諸島上陸航行をめざす。同委の上陸予定日と実際の決行日は違うことも想定され、日本の海上保安庁は九月中旬から十月にかけ、尖閣諸島周辺での厳戒警備に迫られそうだ。

セン=土ヘンに川

曽健成・香港保釣行動委員会委員への単独インタビュー内容

【尖閣諸島をめぐるこれまでの動き】
1859年 美里間切(現沖縄市)の大城永保が清への航海途中、尖閣諸島に上陸し、地勢や植物、鳥類を調査
1885年 福岡県出身の古賀辰四郎が久場島(釣魚島)に上陸し、アホウドリの羽毛採取。沖縄県に借地契約を請求
1895年1月 日本政府が尖閣諸島を沖縄県への編入を閣議で決定。正式な日本領になる
1968年 日本、台湾、韓国の専門家が国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力で東シナ海の海底を学術調査
1969年5月 ECAFEの調査結果で尖閣諸島付近の大陸棚に大量の石油資源が埋蔵されている可能性を指摘
1969年5月 米占領時代の琉球政府が尖閣諸島に標杭を建立
1971年1月 2500人の中国人留学生らが国連本部前で尖閣諸島の中国領有を示威
1971年6月 台湾政府が尖閣諸島の領有権を公式に主張
1971年6月 日米間で沖縄返還協定が調印される
1971年12月 中国政府が尖閣諸島の領有権を公式に主張
1978年8月 右翼団体・日本青年社が尖閣諸島の魚釣島に灯台建設
1990年10月 香港のビクトリア公園で12000人が尖閣諸島の中国領有を求め集会に参加
1996年7月 日本青年社が尖閣諸島北小島に第2灯台を建設
1996年9月 香港から尖閣諸島への上陸を阻止された全球華人保釣大連盟召集人の陳毓祥氏が溺死
1996年10月 香港保釣行動委員会メンバーらが尖閣諸島に上陸
1998年6月 香港の抗議船「釣魚台号」が領海内に侵入後、領海外に退去させられ、浸水して沈没
2003年12月 福建省アモイで開催された全世界華人保釣フォーラムで「中国民間保釣連合会」を結成
2004年3月 中国人活動家7名が日本の海上保安庁の警備の隙を突いて魚釣島に上陸したが、沖縄県警察本部は全員を出入国管理法違反容疑で現行犯逮捕
2005年2月 日本青年社が27年間保守し続けてきた魚釣島漁場灯台を日本政府に移譲、国有化
2006年8月16日 台湾の保釣(釣魚島防衛)連盟メンバーらが小泉首相の靖国神社参拝に抗議するため尖閣諸島に接近し帰港