台湾関連情報

2013年7月19日記


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中国人急増で激変する観光名所 台湾中部・日月潭
難題残す“特需”効果

 中国との経済融和を強める台湾の馬英九政権は中国人の団体旅行だけでなく個人旅行の枠を広げ、台湾の有名観光地は中国大陸の観光客一色の様相だ。経済効果が大きい一方、旅先での度を超えたマナー違反で地元の不満もくすぶる。中国は政治状況の変化次第で台湾への渡航者数を制御する主導権を握っており、市場開放協定の締結で経済統合が後戻りできない状況に追い込まれつつある。(台湾中部の南投県日月潭・深川耕治、写真も=2013年7月19日記)

観光で経済統合、香港化も
市場開放協定締結で加速化

玄奘寺から見える日月潭の風景。中国大陸の観光客が列を作って記念撮影する姿が目立つ=深川耕治撮影
 「『426』が大勢来て特需だが、金だけ落として早く帰ってほしいものだ」。台中から久しぶりに台湾中部の観光名所・日月潭を訪れた台湾人たちは台湾語で露天商にそうつぶやくと、苦笑いしながらうなづいた。

 「426」とは、台湾人が中国大陸人を指す隠語で426と同音の「死阿陸」(死んでしまえ大陸野郎)という中国大陸の人々を罵倒する台湾社会での新語だ。

 このところ、台湾は中国大陸からの観光客が激増。今月から中国全体の一割に満たない富裕層に絞った個人観光客を1日あたり2000人まで増やし、客層の質向上に試行錯誤している。中国人観光客による自由旅行は中国内26都市から可能となり、今年は上半期だけで54万人で、昨年19万人の2.5倍に達している。

日月潭の観光名所で売られるバナナ。一般の八百屋であれば一房10台湾ドル(33円)程度だが、一房100台湾ドル(330円)で販売しても、中国大陸の観光客はどんどん買っていく=深川耕治撮影
 日月潭の名所、玄奘寺の前では台湾フルーツの露店があり、八百屋で10台湾元(1台湾元=3.4円)ほどの一房のバナナが個人旅行を楽しむ富裕層の中国人観光客によって10倍の100台湾元でもどんどん売れていく。

 「(中国)大陸客は一生に一度しか訪れない台湾で良い思い出づくりをするため、個人旅行客が増えて土産物もどんどん買う羽振りが良い客も増えた」と南投県埔里の土産物店主は言う。

 台湾は半世紀以上、国民党政権だった蒋介石、蒋経国、李登輝時代までは中国との人の往来を厳しく制限し、対中政策は戒急用忍(急がず忍耐強く)で一貫していた。台湾独立色が強かった民進党政権から2008年に国民党が政権を奪還し、対中融和策を掲げて就任した馬英九総統は中国人旅行者受け入れを08年7月から解禁。

 台湾を訪れる中国人旅行客は10年には約163万人となり、約40年にわたって首位だった日本人旅行客数を抜いてトップに躍り出た。11年は約178万人、12年は約260万人で、2位の日本人客(約129万人)の2倍近い急増ぶりだ。

 中国人観光客は解禁当初、1日当たり300人程度だったが、10年には約10倍の3199人に拡大。11年から受け入れ上限は1日当たり4000人となり、今月から1日あたりの上限は7000人(団体ツアー客5000人、個人旅行客2000人)まで引き上げられている。

 中国人の台湾での消費動向は皮算用通り、旺盛だ。解禁以降、昨年8月末までの中国人訪問客の総消費額は約2167億台湾元(1台湾元=3.4円)に達している。観光ホテルの昨年の総売り上げも前年比5%増の約525億台湾元で過去最高を更新。旅行客に限ってみても約1223億台湾元の外貨収入を台湾に与えており、移動や地域消費など周辺利益や観光産業以外の波及効果も含めると、目先の経済効果は非常に大きい。

 だが、一方で解禁以降、問題点や歪みも出ている。

日月潭の玄奘寺近くの土産店で有名になった女性店主の写真が店先で展示されている。中国大陸からの観光客が急増し、店が大繁盛したシンボルのようになっている=深川耕治撮影
 解禁当初から懸念されていたのは、送り出す中国側の各地域の旅行社は寡占的に客を受け持って確実に大きな収益が得られるのに対し、受け入れる台湾側の約400社ある旅行業者が中国大陸客に強いパイプを持つ香港系旅行社(大手台湾旅行社の約3割)を巻き込みながら激しい争奪戦を繰り広げている。台湾側は“コスト割れ”覚悟で受け入れながら、ツアー客に半強制的に多額の買い物をさせ、商店からのリベートで収益を上げる歪んだ構造が様々な問題を生んできた。

 中国人観光客が望む景勝地観光はショッピングの後回しにされ、一週間のツアーに潜入取材した中国の新聞記者たちは「鶏より早く起き、豚より酷いものを食い、馬より早く走る」と酷評するほど、悪循環と不満がくすぶるツアーとなってしまっている。

 一方で、台湾の観光名所や土産店では「試食品や試供品をあるだけ持ち去る」「大声で粗暴な振る舞いをする」「あちこちで痰(たん)を吐く」など中国人への厳しい批判が広がった。

日月潭から車で20分ほどにある南投県埔里は紹興酒の里であると同時に香腸(中華風ソーセージ)が名物で中国人観光客も大型バスで大挙してやってくる=深川耕治撮影
 中国政府も海外での中国人観光客の悪評に対応を始めた。5月、エジプトの古代遺跡であるルクソール神殿に落書きした南京の中学生が中国国内のネット上で批判にさらされたことをきっかけに世界各国での中国人のマナーの悪さが続々と報道されるようになり、中国の汪洋副首相は同月16日、「公共の場で大声で騒ぐ」「観光地で落書きする」「信号を守らない」「痰を吐き散らす」の四つを中国人観光客不良行為として十月に施行される旅行法で明文化して禁ずる規定を設けると発表している。

 施設の収容能力に限界が生じるケースも増えている。世界の五大博物館の一つとされる台北の故宮博物院では中国人観光客の入場者数が急増し、昨年は前年比70万人増の約212万人が来場。これまで静かに鑑賞できるはずだった展示スペースは騒がしい長蛇の列と化し、団体入場料の値上げでさらに中国人以外の参観者から強い不満の声が上がっている。

 激増する中国人観光客によって台湾の観光業が変質を強いられる中、尖閣諸島問題で日本への中国人観光客が激減したように、政治問題が浮上するごとに中国側が台湾への渡航者数を制限し、政治的な圧力に使う不安は常に横たわる。

日月潭で記念撮影する中国人観光客。団体ツアーではなく、個人観光なので所得の高い中国人たちが増えてきた=深川耕治撮影
 たとえば、09年、台湾南部の高雄市で開かれた映画祭で亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長に関するドキュメンタリー映画が上映された際、高雄市では中国人観光客のキャンセルが相次ぎ、ホテル3000室分の予約が取り消された。同市ではチベット仏教の最高指導者、ダライラマ14世を招いた際も同様のホテル宿泊キャンセルを受け、政治的圧力に翻弄される台湾観光業者の失望は深いものがある。

 高雄市内にあるレストランの中には堂々と「中国人観光客お断り」との看板を掲げる店も出現し、中国への急速な経済依存に強い警戒感と拒否反応を明示するケースも出てきている。

 先月21日、中台双方の窓口機関トップ同士が上海市内で会談し、中台が10年に調印済みの自由貿易協定(FTA)にあたる「経済協力枠組み協定(ECFA)」のうち、サービス貿易協定に調印し、市場開放をさらに拡大。中国側は、観光や商用などでの訪問時に中台双方の住民に必要なビザ(査証)にあたる訪問許可の発給など、領事館業務に近い機能をもつ機関の相互設置を打診している。台湾側がこれを受け入れれば「一国二制度」下の香港やマカオのようにどっぷりと中国依存に傾斜し、台湾側が経済統合後に後戻りできない「台湾統一」を狙う政治対話に向けた中国側の目算通りの交渉段階に入っている。