中国企画記事 2007年6月7日記

緩慢な政治改革へ舵切る中国 天安門事件18周年
9月の党大会前に保革論争  「民主社会主義」論文を黙認
噴出する社会矛盾、推進力に


 中国人民解放軍が北京の天安門広場で民主化を求める学生や市民に対して武力弾圧した一九八九年六月の天安門事件から四日で十八周年を迎えた。香港では事件の再評価を求める追悼キャンドル集会に昨年を上回る五万五千人が参加し、北京では当局の監視下、一部の犠牲者遺族が銃殺現場で初めて追悼儀式を行った。九月の第十七回党大会に向けて新指導部人事が水面下で進む中、胡錦涛政権は、緩慢ながら政治改革にも着手する動きが見え始めている。(深川耕治)

 6月4日夜、香港中心部のビクトリア公園では犠牲者の追悼と事件再評価を求める支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会=司徒華主席)主催のキャンドル集会が行われ、主催者発表によると、参加者数は昨年より一万一千人多い五万五千人(香港警察発表は二万七千人)が参加した。

 支連会の司徒華主席は「中国本土での人権運動が全国で拡大している。経済発展と同時に汚職が蔓延し、貧富の格差が拡大して道徳が退廃したことで弱者が圧力を受け、社会矛盾が広がっている」と中国政府の問題点を批判。その後、事件時、当局から銃殺された学生の遺族や学生指導者の一人だった王丹氏の講話がビデオ上映された。

 七月一日に中国返還十周年を迎える香港は返還以降、王丹氏ら天安門事件当時の学生指導者らの入境を拒否している。五月、最大親中派政党・民主建港連盟(民建連)の馬力主席が学校教育現場での同事件の教え方をめぐり、「中国共産党による虐殺という表現は適当ではない」などと一部メディアに発言し、民主派は猛反発。同集会では「馬力は恥知らず」「馬力打倒」などの怒号が飛び交い、風化しつつあった同事件再評価の動きも「馬力発言反発効果で参加者数が増えた」(香港紙「りんご日報」)として返還十周年の祝賀ムードとは違う香港人の政治意識を垣間見させた。

 北京では、天安門事件で人民解放軍から息子を銃殺された遺族団体「天安門の母」発起人の丁子霖元中国人民大学副教授が三日夜、公安当局の監視下、銃殺現場での息子の慰霊追悼儀式を事件後初めて行った。

 丁氏は夫・蒋培坤氏や他の犠牲者遺族らと共に現場で息子の写真を置いて献花し、十八年前の事件の悲劇を思い起こして痛哭。天安門事件の再評価を求めている丁氏は、毎年、息子の銃殺現場での追悼を試みようとしたが、公安当局の厳しい監視下に置かれてこれまで実現できないままだった。しかし、今回、監視を受けながらも初めて阻止されることなく追悼儀式を行えたことは、北京五輪を控え、中国政府の天安門事件に対する態度が微妙に緩和されたスタンスとして注目されている。

 ここ一年、中国政府は非常に緩やかだが改革派の論陣をやや許容しつつ、左派の反発を利用しながら政権崩壊につながるような急進的な民主化にはきわめて敏感な姿勢を貫いている。具体的には「民主」をめぐり、賛成する改革派と反対する保守派の激しい論争が展開され、改革派のやや大胆な論文が黙認され始めた。

 昨年十月、新著「民主は良いもの」序文が中国各紙に「『民主は良いもの』に関する弁証」として掲載された兪可平・党中央編翻局副局長(当時)の民主化新論が口火を切った。兪氏は「中国共産党は革命党、永久党から執政党へ転換すべきだ」「党内の民主化から社会・国家全体の民主化へ移行すべき時期にきた」などの民主化論を主張。内容は、胡錦濤中国国家主席が昨年、ワシントンで講演した際、「民主なくして現代化はあり得ない」と発言した部分と一脈通じており、国内メディアへの締め付けが強化される中、欧米の行政、政治システムについて精通した政治学者で党指導部の理論派ブレーンでもある兪氏の主張は重みがあった。
 他にも中央党校の王貴秀教授が「西欧の三権分立を全否定するのは誤り」とする主張や国家行政学院の汪玉凱教授が党機関紙「人民日報」系列の理論誌「人民論壇」(四月十五日号)に中国の政治改革の新方針として「和諧(わかい)社会主義」を提唱、「教条左派の思想は中国の発展を阻害する要因で害毒。実践こそ真理を検証する唯一の基準であり、中国思想を解放する十字路に立っている」と言い切り、三権分立や多党制を除外した上で党内で選挙による民主社会主義を推進して政治改革の突破口にしようとの論文を発表したことは改革派の発言力拡大と見られた。

 左派の猛反発に遭いながら当局から黙認されているのは中国誌「炎黄春秋」(二月号)で謝韜・中国人民大学元副校長が発表した論文「民主社会主義のモデルと中国の前途」だ。謝氏は貧富格差拡大や腐敗問題を解決するためにも「マルクス主義の最高の成果は民主社会主義であり、だれも反対できない」と強調。左派は「民主社会主義は資産階級の思想であり、新自由主義とイデオロギーが似通っていて危険」(中国人民大学マルクス主義学院の周新城教授)と猛反発し、香港誌「亜洲週刊」によると、北京、上海、杭州、南京、武漢などで六回にわたって批判大会を行った。

 「炎黄春秋」は万里元全国人民代表大会常務委員長や張愛萍元国防相など党長老が支援しており、表だった廃刊圧力は加えられず、党中央宣伝部は現段階で一切クレームをつけていない。温家宝首相も三月十六日の記者会見で「民主や自由、人権、平等は資本主義特有のものではない」と述べ、中国式の社会主義民主政治を建設していく姿勢を示しており、秋の党大会で新体制が決まれば緩慢ながら政治改革にも具体的に着手していく政治的環境は整いつつある。

 中国では空前の株式ブームで株取引を始める人が急増、株式投資の狂乱ぶりを揶揄(やゆ)する中国国歌「義勇軍行進曲」の替え歌まで流行している。貧富の格差拡大や汚職、環境破壊問題で一般国民の不満は二月二十二日の上海市場の暴落、六月四日の急落でさらに増幅。噴出する社会矛盾はバブル化が懸念される市況に象徴され、北京五輪の来年八月開幕を前に政治改革の着手は政権安定優先策の一つとして避けられない状況にある。



中国返還10周年「1国2制度」の実験