話題の人登場 2008年7月2日記(深川耕治)  最新中国株情報 WINTRADE

   



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08年7月6日から3日間、香港を視察する習近平中国国家副主席


 08年7月6日から8日までの3日間、国家副主席として香港を初訪問する。北京オリンピックとパラリンピックの馬術競技を香港で開催するため、準備態勢や最近の香港の状況を視察するのが目的だ。

 6月16日から副主席就任以来初となる外遊を行い、北朝鮮、モンゴル、サウジアラビア、カタール、イエメンを訪問、精力的に実務外交をこなした。

 カタール訪問中の6月24日、香港記者団との茶話会で北京五輪の聖火リレー問題が話題となった際、スタインベックの「赤と黒」に登場する鳥かごで騒がしい鳥を外に取り出せば鳥かごはにぎやかでなくなる隠喩(いんゆ)を引用し、「問題は自身の事情。平常心で対処することが肝要」「百里の道も九十里でようやく半分」と話した。香港訪問に関しては「(香港には)非常に関心があり、行けるときに行く」とも。

 香港訪問直前に四川省の被災地視察を行い、香港との協力連携の意味合いをにじませる。北京五輪の党内最高責任者でもある習氏は国家副主席ポストになってからの香港訪問は初めて。05年1月、浙江省党委書記として香港を訪問したことがある。香港返還十周年晩餐会が香港で行われた07年6月30日には国民的美人歌手で妻の彭麗媛さん(写真左下)が胡錦濤国家主席らと共に中国の愛国歌を熱唱。曽慶紅前国家副主席に替わって香港、マカオの統括責任者も兼務する習氏の今回の初視察で香港民主化への評価や香港の政治的位置づけなどどうとらえるか、香港メディアは注視している。

 1953年6月、副首相を務めた父・習仲勲氏(写真右)(前妻との間に一男・習正寧、二女・習和平と習乾平)、母・齊心氏の第三子(長男)として北京で出生。両親は長女・齊橋橋(夫・ケ家貴)、次女・齊安安(夫・呉龍との間に二女)、次男・習遠平(長子・習明正がいる)の二男二女をもうけている。いわゆる太子党(共産党幹部の子弟)だが、文化大革命時代に辛酸をなめている。党幹部子弟が通う北京八一学校に在籍したが、文革で学校が解散させられ、北京市第二五中学に転校。当時、同じく転校した同級生に棋聖の轟衛平氏(本名・劉衛平、父親が劉震元空軍副司令員)がいる。中学卒業後の1969年、父親が失脚したあおりで「反動学生」の烙印を押され、本籍(陝西省富平県)に近い陜西省延川県に七年間下放され、農場での重労働に従事しながら勉強を続け、74年に共産党入党。22歳当時の75年、ようやく名門・清華大学化学工程学部に入学し、北京に戻った。

 大学卒業後の1979年、国務院弁公室や中央軍事委弁公庁秘書を一時務めた後、河北省で地方勤務。地方から地道にたたき上げ、出世を重ねた。中台関係で重要な福建省アモイの副市長や福州市党委書記、2000年には福建省長に就任。同省長在任中に清華大学で法学博士号を取得している。

 2002年、浙江省党委書記に就任し、07年3月、汚職事件で更迭された上海市の陳良宇前党委書記の後任に抜てきされ、中央政界入り。わずか半年余りの07年10月、「二階級特進」を果たして党政治局常務委員(党序列6位)となり、党最高指導部に上り詰めた。党中央書記処書記、中央党校校長にも就任。08年3月、国家副主席に就任し、ポスト胡錦濤の最有力候補として一躍注目を集めている。

 温厚な性格で敵は少ないとされる。党指導部である政治局常務委メンバーの中で唯一、軍歴(中央軍事委弁公庁秘書)があり、2009年までに中央軍事委副主席就任が有望視されている。胡錦濤総書記に近いグループにも江沢民前総書記が率いる上海閥にも良好な関係を保ち、「両派妥協の結果」との指摘もあるが、胡錦濤直系の李克強政治局常務委員(党序列7位)との次期トップ争いは2012年までの重責を全うできるか、北京五輪成功や香港問題処理、内政外交など実績次第だ。妻・彭麗媛さん(45)との間に福州出生の長女・習明沢さん(15)がいる。55歳。(深川耕治=08年7月2日記)


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