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2011年10月14日記


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江沢民健在で政局安定へ 中国
辛亥革命100周年に沸く武漢

孫文評価、党と民衆に温度差


 辛亥革命の発端となった中国湖北省武漢での「武昌蜂起」から100年を迎えた10日、革命ゆかりの武漢や南京、香港、台湾では盛大な記念行事が行われ、9日、北京の人民大会堂での記念大会では死亡説や重病説が流れていた江沢民前国家主席(85)も出席し、健在ぶりをアピールした。同革命に対する評価は中国と台湾では違い、武漢市民の見方にはさらに温度差がある。(深川耕治=2011年10月14日記)


10月9日、北京の人民大会堂での辛亥革命100周年記念式典で健在ぶりを示した江沢民前国家主席=香港ATVのテレビ画像より
 10月9日、北京の人民大会堂での記念大会では、胡錦涛国家主席が重要演説を行ったほか、江沢民氏や李鵬前首相、李瑞環前政治協商会議主席、曽慶紅前国家副主席ら引退した第三世代指導者らも参列。来秋の党大会での新人事に向け、習近平国家副主席を軸にポスト胡錦涛体制へ安定した指導部人事が進められることを示唆する歴代指導者そろい踏みとなった。4月に母校・清華大学で懇談会を行った朱鎔基前首相だけは欠席し、健康不安説が流れた。

 重病説が流れていた江沢民氏が公の場に姿を現したのは昨年12月末、朱鎔基前首相や李瑞環前政治協商会議主席らと共に上海で京劇に関する演奏会に出席した時以来だ。胡主席の次の席に着席し、中国中央テレビは胡主席(党序列1位)と呉邦国全国人民代表大会常務委員長(党序列2位)の間に紹介。健在ぶりを顕示し、「序列1.5位」と見られる権威は不変であることを内外に示した。

10月9日、北京の人民大会堂で開かれた辛亥革命100周年記念式典=香港有線テレビのテレビ画像より
 中国人民大学の張鳴教授は「江氏の健在ぶりは次期指導部人事を左右する影響力があることを反映したもの。党の公式文書に『胡錦涛を核心とする党中央』ではなく『胡錦涛を総書記とする党中央』と表現を変えたことで(権力)核心は江氏であることを言外に暗示し、少なくとも党内での権力、実力は衰えていないことを示した」と解説する。

 江氏の健在ぶりは、来秋の党大会人事に少なからず影響を与え、江氏を中心とする上海閥の衰退は、太子党(党幹部師弟)の復権で限定的との見方も出てきた。作家で政治学者の朱建国氏は「来秋の党大会人事で政治局常務委員9人のうち、習近平氏が総書記、李克強氏が首相ポストに就くことは確実だが、残り7人の選出が水面下で激化している。既得権益がある太子党に有利に働き、そのシンボルである薄煕来重慶党委書記の処遇が注目される」と分析する。

10月11日付の中国共産党機関紙「人民日報」1面には「文化高地正崛起」という記事が掲載
 10月11日付の中国共産党機関紙「人民日報」1面には「文化高地正崛起」という見出しで薄煕来重慶市党委書記が重慶で推進する紅歌活動を高く評価する論評記事を掲載。突然、重慶の紅歌活動を持ち上げる論評が薄煕来氏の政治局常務委入りを有力視する材料になる可能性があるとして、チャイナウオッチャーの間で注目されている。

 さらには同13日付の重慶日報にはケ小平氏の実弟、ケ墾氏が薄煕来氏に贈呈した揮毫「自強不息」「両手都要硬」などが掲載され、太子党の最高指導部入りの後ろ盾が着実に固まりつつあることを示唆しているとの見方も出ている。

 在米華僑の有力華字紙「多維新聞網」によると、来秋の党大会での政治局常務委員会入りが有力視されるのは習近平国家副主席(58)、李克強副首相(56)、張徳江副首相(65)、兪正声上海市党委書記(66)、張高麗天津市党委書記(65)、薄煕来重慶市党委書記(62)、汪洋広東省党委書記(56)、李源潮党中央組織部長(61)、王岐山副首相(63)、劉延東国務委員(66)、劉雲山党中央宣伝部長(64)となっている。

ケ小平氏の実弟、ケ墾氏(右)
 胡主席は辛亥革命100周年の記念式典の演説で「中国共産党こそ君主先制を終わらせて民主共和を広めた民族英雄、孫文革命の一番忠実な後継者」と訴え、党の正統性を強調。約20分間の講話内容自体は従来の党の見解と同じで新味がないが、江氏の健在ぶりに会場がざわついた。従来通り、「台湾独立の動きを反対強化しなければならない」としながらも台湾への対話接近を提案した。

10月10日、台湾の双十節記念式典の軍事パレードで台湾軍が独自開発した無人飛行機も公開された=香港ATVのテレビ画像より
 一方、台湾の馬英九総統は10月10日、辛亥革命を記念する双十節(建国記念日)式典で「孫文が掲げた自由で民主的な富める国家実現を忘れてはならない」と述べ、4年ぶりに軍事パレードを実施。同革命によって成立した台湾で「国号と定める中華民国が今なお存在する事実を直視すべきだ」と中国側に呼びかけ、暗に中国側が提示する中台統一案を拒絶した。

 辛亥革命の発端となった武昌蜂起が起きた湖北省武漢では、約4億元(約48億円)を投じて辛亥革命博物館が10月8日、リニューアル開館。同館では既存の展示だった中華民国政府樹立時の貴重な写真や衣服、勲章など以外にも、同革命に私財を投じた梅屋庄吉(長崎県五島列島出身)や宮ア滔天(熊本県荒尾市出身)ら多大な貢献を影で果たした日本人も紹介されている。

湖北省武漢市内のフェリーターミナルには辛亥革命100周年を記念する看板が至るところにある=深川耕治撮影
 10月10日には地元政府や軍関係者、小中学生ら約5千人が参加する辛亥革命で犠牲になった人々の追悼式典や辛亥革命を主題にした演劇が行われ、宮ア滔天の子孫や梅屋庄吉のひ孫、小坂文乃さんらも招かれた。

 武漢は内陸都市だが、ここ数年、急速な開発が進み、辛亥革命100周年を機に都市発展をさらに進める構え。来夏には地下鉄が開通する予定で中心部は突貫工事が続いている。

 最初に現地取材した6月、武漢市内に住む王義恩さん(52)は市内中心部にある孫文の銅像を指さしながら「武漢こそ、革命の聖地であり、清朝までの封建的しきたりだった弁髪などをなくして真の自由協和を目指したのが孫文先生。武装革命で新中国を築いた毛沢東は建国の父であり、二人の理想や生き様は違っている」と話し、本音では中華民国政府を武力で倒して台湾へと追いやったのは毛沢東率いる中国共産党政権であるとの歴史認識がにじむ。

 武漢の地元民は武昌蜂起が発端で辛亥革命が成功したことに強い誇りを持つ一方、孫文の遺志が新中国を建国した毛沢東ら中国共産党幹部らに正統に引き継いだとは認識していない見方をするケースが意外に多く、孫文への尊敬の念は党や政府と温度差がある。中国共産党の正統性のみに固執せず、「『革命未だ成らず』との孫文の言葉は武漢が貧富の格差の少ない現代都市にならないと成就しない」(武漢市民)など、同革命の精神を都市復興にかける意欲が伝わってきた。